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『氷の花火 山口小夜子』['15]
監督 松本貴子

 先ごろニ十九年ぶりに再見した原子力戦争['78]で妙に気になっていた山口小夜子のドキュメタリー映画なのだが、2015年3月7日の没後八年になる遺品開封から始まった十一年前の本作をどうして今ごろ上映することにしたのだろう。

 ともあれ、開封した遺品箱から出てきた膨大な衣装や小物を使って、山口小夜子を甦らせようとして集ったスタッフの手によって女優の松島花に小夜子メイクを施しての撮影場面で感涙に咽んでいるスタッフたちの姿に大いに感銘を受けた。メイク担当の富川栄が言っていた、本当は丸く大きな目を細目にクリエイトして、後輩モデルの富樫トコが言っていた、ミステリアスな小夜子を造形していた山口小夜子は、セルフ・プロデュースの巧みな人物だったような気がした。所作、身のこなしが美しく、映画作品で観る以上のものがあるように感じた。

 この確かな身体性が彼女を山海塾などとのダンスパフォーマンスに向かわせたのだろう。剥き出しの身体で精神性の高いダンスを行なうユニットを映し出した幾つかの写真のなかにあった山口小夜子の裸の胸の思わぬ豊かさに意表を突かれた。なんとなくスレンダーな印象を抱いていたのは、ファッションモデルへの先入観だったのだろうか。また、開封された遺品から出てきた書籍のボリュームに感心しつつ、蔵書傾向に納得感を覚えた。資生堂モデル時代に切れ長の目を演出したのは、もしかすると仏像からのインスピレーションなのかなとも思った。

 会場では思い掛けなくも高校の同窓生と遭遇して喫茶に誘われ、作品タイトルの意味について問われた。むろん明示されていたわけではないが、本作の構成からすると、山口小夜子をモデルとして飛躍させ、世界のトップモデルに押し上げた山本寛斎が1986年にピークを過ぎたと言い放ったことからモデル業を休止するとともに、ダンスパフォーマンスや演劇、衣装デザインなど自己表現の場を拡大させてスキルを磨き、引出しを豊かにして、十年後に再びトップモデルとして返り咲く離れ業を為し遂げた道程を支えていたと思しき「クール(冷静)な情熱」といったものを意味していたのではないかと応えた。

 それにしても、2007年五十七歳での急逝とは、いかにも早くて驚いた。当時、大きなニュースになっていただろうと思われるものの、モードやらファッションに疎いがために明瞭な記憶としては残っていないし、十一年前の本作のことも知らずにいたが、思いのほか観応えがあった。
by ヤマ

'26. 3.29. 喫茶メフィストフェレス2Fシアター



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