『上海バンスキング』['84]
監督 深作欣二

 オンシアター自由劇場による舞台を観たのは、四十一年前になる。団員が生演奏をして客席通路にも出て来て練り歩いていたことを思い出す。ドラマ以上に生音楽を聴かせる舞台だったような覚えがある。松坂慶子が波多野まどかを演じる映画版は、その翌年に当地でも公開されていたが、なぜか観逃しているのは、そのライブ演奏版を既に観ていたからだろうか。実に勿体ないことをしたものだ。

 イギリスは競馬場とアヘン、フランスは劇場と売春宿、アメリカはスロットマシンとダンスホールで大儲けしていると中国人が零す上海に、まどかが波多野四郎(風間杜夫)の口車に載せられて、訪仏を口実にして初めて上海に訪れた1936年夏から始まり、敗戦後も残留している四郎とまどかの姿で終えていた。芸事のほかはまるで駄目人間という点では蒲田行進曲の銀ちゃんと同じ役柄の風間杜夫に比して、左翼学生から軍の特務機関に転向した弘田を演じた平田満は、安から比べると大きな違いがあったけれども、一顧だにされずとも、まどかに想いを寄せ続けるところには、相通じるものがあったような気がする。

 だが、本作の醍醐味は、何と言っても歌って踊るケイコ&エツコであって、中国人女性リンを演じた志穂美悦子ともどもキラキラ輝いていた。吉田日出子のまどかもなかなかのものだったような記憶があるけれども、ケイコ&エツコに優る華は流石に持ち得ないだろう。まどかの喜怒哀楽を味わい深く見せていた松坂慶子に観惚れていた。なかでも死地への赴任の決まった白井中尉(夏木勲)に歌を求められ、♪暗い日曜日♪を弾き語りつつ堪えられなくなる場面が印象深い。エリカ・マロジャーンの出ていた暗い日曜日を思い出した。

 目に留まったのが、キャバレーで羽振りを利かせている軍人たちから演奏を求められた♪海ゆかば♪を演奏しながらジャズに変奏していって、憤慨した日本軍人たちが退出してから♪シング・シング・シング♪に転じていた場面だ。カサブランカのリックの店での場面を想起させる趣向だった。

 それにしても、双璧のごとく輝いていたケイコ&エツコの女優としてのその後のキャリアの違いを思うと、志穂美悦子の引退が惜しまれてならない。
by ヤマ

'24.11.21. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画



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