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『ニッポン国VS泉南石綿村』['17] 『れいわ一揆』['19] 『水俣曼荼羅』['20] | |||||
監督 原一男 | |||||
県立美術館が「最強のドキュメンタリー作家 原一男 全作品上映」と題する三日間にわたる上映会を行なった。初日の午前中に上映された唯一の劇映画作品『またの日の知華』は十九年前に岡山で観ているので、昼からの参加としたのだが、ちょうどロビーに原監督がおいでて、小川孝雄さんに誘われて岡山で参加した懇親会以来の言葉を交わした。程なく上映開始となった本日の観賞作は『ニッポン国VS泉南石綿村』['17](215分)、『れいわ一揆』['19](248分)。終わったのが午後九時だったから午前十時からのマラソン観賞となった。久々の長丁場で、寄る年波には流石に少々堪えた。 原監督によるトークプログラムもセットされていた二日目は、『さようならCP』['72]、『極私的エロス・恋歌1974』['74]、『ゆきゆきて、神軍』['87]、『全身小説家』['94]が上映されたが、いずれも既見作だったので、孫たちから誘われた久万高原スキー場のほうに行くことにして中休みを取った。 最終日に上映された『水俣曼荼羅』は、高知でも昨夏、既に上映されていたものながら僕は未見だったので、大いにありがたかった。なるほど、これは自ら「原一男の集大成的作品」というだけのことはあると思った。「エンターテイメント・ドキュメンタリー作品としてかつてないレベルに達した、日本ドキュメンタリー史上、最高レベルの出来である、と私自身は自惚れている。」との弁も頷ける作品だったように思う。 二十年前に県立美術館が特集上映を行なった土本作品も観応えがあったが、原監督が撮れば、実に個性的な人物たちに向けられる好奇心というか眼差しが率直に表出されるから、まさしくエンターテイメント・ドキュメンタリー作品になる。 思えば三十年前に観た『極私的エロス 恋歌1974』の武田美由紀にしても、三十六年前に観た『ゆきゆきて神軍』の奥崎健三にしても、今回初日に観た『れいわ一揆』の十人の候補者にしても、人物の破格の興味深さが圧倒的だった。本作に登場した浴野教授や二宮医師、緒方正実さん、生駒秀夫さん、川上敏行さん、溝口秋生さん、坂本しのぶさん、そして最後の最後にも登場する、その強靭な精神力と体力を称えられていた、胎児性水俣病患者の象徴的な存在である田中実子さん。圧巻だった。 我が国は“日本立場主義人民共和国”だと言っていたのは『れいわ一揆』のメインキャストである女性装の東大教授・安富歩だったが、『ニッポン国VS泉南石綿村』が捉えていたアスベスト健康被害であれ、『水俣曼荼羅』のメチル水銀化合物であれ、医学的所見自体はかなり早期のうちに示されながら、被害状況を放置してきたことの罪深さに恐れ入る。アスベスト被害については、戦前から既に医学的所見が出されていたことが映し出されていて、本当に唖然としてしまった。それと同時に、もはや原因を作った当事者とはまるで無縁の者が、立場上、被害者及びその親族遺族と向き合わざるを得ない状況の過酷さも同時に映し出されていたような気がする。『ニッポン国VS泉南石綿村』にしても『水俣曼荼羅』にしても、そこに登場していた人々の誰一人として好い目に遭ってはいない状況に、ますます以て原因を作り加担した人々の罪業の深さを思わずにいられなかった。 最新作『水俣曼荼羅』の第一部“病像論を糾す”(1時間54分)で中心になっていたのは、ニセ患者との誹謗中傷も浴びていたという緒方正実さん、水俣病が末梢神経障害ではなく脳の損傷であるとの従前からの説とは異なる医学的所見を発表し、患者認定に大きな影響を及ぼすことになった熊本大学医学部の浴野成生教授と二宮正医師だったが、黙殺や非難に怯まず弛まず抗い続けるなかで獲得したと思しき沈着冷静と意志の強さに感銘を受けた。 第二部“時の堆積”(2時間18分)で中心になっていたのは、第一部にも登場していた関西水俣病訴訟の元原告団長である川上敏行さんと彼が取り持って結婚を果たした生駒夫妻、溝口訴訟とも呼ばれる未検診死亡者に対する措置を争った溝口秋生さんだったように思うが、第一部以上に、カメラを向けた人物の人となりを映し出すことに長けていたような気がする。 第三部“悶え神”(1時間58分)のタイトルは、『苦海浄土ーわが水俣病』を著した石牟礼道子が示した言葉から採ったもので、なかなかに意味深長だった。中心になってカメラが追っていたのは、坂本しのぶさんの語る“恋愛遍歴”で、ありがちな水俣ドキュメンタリーには望むべくもない、まさに曼荼羅と呼ぶに相応しい多様で深い水俣世界を構築していたように思う。全三部通じて最も登場していた印象のある浴野教授と、教授とは異なるスタンスで寄り添うことになって行ったと思しき二宮医師の姿が印象深かった。水俣世界に浮かび上がる教えとそれを構成する神仏ならぬ人々として、十五年に渡って原監督が目を向けてきた人物の選択眼の確かさに改めて感慨を抱いた。 | |||||
by ヤマ '24. 2.10,12. 美術館ホール | |||||
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