『生きる』['52]
監督 黒澤明

 先ごろ観たばかりの生きる LIVING』の日誌にも記したとおり、二十七歳、四十歳で観て以来の三度目の観賞だ。『生きる LIVING』でウィリアムズ課長がマーガレット・ハリスと観に行った映画がケイリー・グラント主演『僕は戦争花嫁』だったのを観て、渡邊勘治(志村喬)課長が小田切とよ(小田切みき)と行った映画は何だったろうと気になったことについては、オリジナル版では、タイトル名も画面も映し出されなかったことを確認した。

 過去二回の観賞と違って、僕が渡邊課長の歳を上回ってしまったからか、或いは40分も短縮された英国版『生きる』を観たばかりだからか、渡邊課長が絶望の淵を彷徨う姿や通夜の場面に限らず、ナレーションも含めて少々くどい感じが湧いてきたように思う。渡邊課長のあのう、その…という口ごもりのリフレインや夜学出の小原(左卜全)が繰り返すどうもわからないの運びにも同種のものを感じた。余命短しの切迫感のなかでのまどろっこしさと、ころころ意見を変える課員たちの変わり身の早さと軽々しさが鮮やかに対照されてはいるものの、やはり少々くどい気がする。

 そして、英国版の観賞日誌に記した公園建設動機と課長が遺したものについて明示してあった改変に関しては、オリジナル版で切々と綴られていた息子光男(金子信雄)との関係に対する失望と悔恨、お役所仕事の体質風刺などに係る描出簡略による主題の絞り込み共々、僕には英国版を積極的に支持する気持ちが強いことを確認できたような気がした。

 他方、渡邊課長が余命幾ばくもないなかで為すべきことに思い当たって急ぎ足でカフェの階段を下りていく際に被さる、店内での別グループによる誕生祝の席の歌♪ハッピーバースデートゥユー♪の歓声が課長への送り出しにもなっていた図や、渡邊課長の鬼気迫る形相の凄みを映し出していた画面には、改めて感心した。また、三文文士(伊藤雄之助)が思いのほか若々しく、酔った喋りではなかったのを観て、オリジナル版の伊藤の滑舌に合わせて英国版では作家(トム・バーク)を口蓋裂傷にしていると感じたことが、見当違いだったような気がしてきた。

 どちらの作品をより支持するのかという点で言えば、僕としては、同格での両作支持ということになる。巷では英国版支持派と拒絶派に分かれているようだが、三十八年前の日誌児童公園の建設に全力を尽くし、鬼気迫る執念で困難の末、実現させる。そして、その公園のブランコで冬の夜、独りぼっちで死んでいく。本当のところは誰にも理解されないままに。ただ一時の感銘を周囲の者たちに与えただけで。と記したものとほぼ逆の印象を残す形に改変してあったことが、英国版を支持するか否かの一番の分岐点になっているような気がする。
by ヤマ

'23. 4.24. DVD観賞



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