『エヴァの告白』(The Immigrant)['13]
監督 ジェームズ・グレイ

 百年余り前の禁酒法下の1921年にアメリカへの入国を求めた、元看護師のポーランド女性エヴァ・ジブルスカ(マリオン・コティヤール)の過酷な移民生活を描いた作品だったが、彼女以上に、エヴァを売春婦に仕立てあげた興行師ブルーノ・ワイス(ホアキン・フェニックス)の哀れが引き立つ映画だったような気がする。

 厳しい入国審査に対して自分がゴミになった気分と零していた女性の言葉が印象深く、数々の批判を浴びながらも先ごろ可決されたばかりの入管法改訂が注目される切欠になった2021年のスリランカ女性死亡事件を想起しないではいられなかった。本作でも、個別の入管職員の問題ではなく制度の問題として描かれていた点が重要だ。あからさまに目立った虐待や侮蔑を露わにしている職員は一人も登場しなかったように思う。

 最後にブルーノに感謝を告げたエヴァに対して、彼女の強制送還は目を付けた自分が仕組んだものであって、自分は感謝するに足りないクズだと告白したことに対して、彼女が応えたあなたはクズなんかじゃないが沁みてきた。

 エヴァが密かに叔母の住まいを突き止めて、自分の入国拒否の真相を知っていることをおそらくブルーノは知らないはずだから、最後の彼の告白は、彼がエヴァを新天地カルフォルニアに送り出すための“無私を超えた最高次の愛の言葉”であることを彼女が確かに受け止めた証だったように思う。そういう意味では、原題「移民」の本作の邦題は『エヴァの告白』ではなく、『エヴァへの告白』となって然るべき作品だったように思う。

 確かにブルーノは、興行師の陰で売春斡旋を本業にしている男だったが、配下の売春婦たちからは頼りにされ、慕われていたし、エヴァに対しては元々は針子に就かせようとしていたのが、ショーパブの女主人ロジーの要請で舞台に上げることにしたのだし、上得意のストローブからの依頼で彼の息子の筆おろしを請け負わせることに対しても已む無くという風情があったように思う。そして、何事においても念入りなまでにエヴァの「同意」に拘っていた。この同意をブルーノの「地位の利用」と見るか、エヴァの状況判断と見るかは、なかなか困難なところがあって、売春強要とは別問題ではあるけれども先ごろ刑法改正が国会で可決されたばかりの、我が国における不同意性交罪の適用の難しさを思ったりした。

 だが、妹の治療費を生み出すためとはいえ売春稼業に身をやつすのは不本意に違いなく、さればこそ、元締めブルーノを彼女は嫌い、彼に頼らざるを得ない自分が厭わしくてならないわけだ。だからこそ、実際の助力を何一つ与えてくれてもいない甘言のみのオーランド(ジェレミー・レナー)のほうに惹かれてしまうのだが、彼がブルーノとは因縁のある従兄弟同士であったことが、ある意味、献身的ですらあったブルーノを、より哀れな悲劇的な状況に誘っていた。

 それにしても、BS松竹東急よる8銀座なのに、ニューヨークでの入浴場面にも、ショーパブのステージでのトップレスにも、暈しが入っていなかったのは何故だろう。よもや僕が繰り返し苦言を呈しているからではないだろうと思うものの、幾人もの大盤振る舞いにすっかり驚いた。
by ヤマ

'23. 6.19. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>