『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』(Sound Of Metal)['19]
監督・脚本 ダリウス・マーダー

 二つの別れの場面の美しさに感銘を受けた。最初のは、突如、聴力を失ったルーベン(リズ・アーメッド)の受容力を育んだ聴覚障碍者の自助グループのリーダー、ジョー(ポール・レイシー)との別れ。もう一つは、からくも聴力を取り戻して訪ねてきたルーベンを歓待してくれた、元の恋人ルー(オリヴィア・クック)との別れの場面だ。

 両場面とも、もう一緒にやっていくことはできないということを伝える際に、相手と自分の双方をきちんと尊重した態度が印象深く映し出されていたように思う。やはりジョーという人が、大した人物だった気がする。彼の自助グループの描き方や彼の弁にドキュメンタリー映画音のない世界でを想起した。

 音楽家らしく感受性豊かでデリカシーに富んだルーベンなればこそ、ジョーから学んだ“尊重”をルーに対して見事に見せていたように思う。引っ搔き傷の絶えなかったルーの腕が綺麗になり、おそらくはルーベンの元に転がり込んでいた一番の原因だったと思しき父親との和解も果たしていたのに、すっかり綺麗になっていた腕を無意識のうちに搔きむしってしまう姿を観て彼女の心底にあるものを察知し、去って行く前に交わし合っていた“感謝”が沁みてきた。

 中途半端な形でしか音を取り戻せず、ルーの元を去ったルーベンは、音のない世界に戻り、新たな道を歩み出すのだろう。ジョーの元に帰ればいいのにと思うけれども、彼はそうしない気がしてならなかった。

 それにしても、当たり前のようにして得ているものを突如、奪われるようにして失うことに対する受容の困難さがよく描かれていて感心した。数々の賞部門で音響賞を得ていることが納得の音響体験だったように思う。
by ヤマ

'22. 7.18. あたご劇場



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