『糸』
監督 瀬々敬久、脚本:林 民夫

 チラシに「Inspired by 中島みゆき「糸」」と記され、作品タイトルにもなっているの示している“縁(えにし)”よりも、苦難の平成という時代に生まれ育った若者たちにファイトと声を掛けている印象のほうが強く残る映画だったように思う。

 作中でも触れられていたように、破格の自然災害とテロと不況の繰り返された平成の三十年は、思い返せば、阪神淡路大震災に見舞われ、地下鉄サリン事件があり、世界を驚愕させたアメリカ同時多発テロ事件で始まった今世紀を跨いだ平成不況も途切れることがなく、リーマンショックや東日本大震災にダメ押しされ、格差社会の進展が留まることを知らないままに終えた時代だったわけだが、本作に登場した平成の年と歳を同じくする若者たちの懸命な生きざまを見守りつつ、花火と「大丈夫?」で始まり、花火と「大丈夫?」で再出発する物語に心打たれた。

 なかでも母親が連れてきた男からのDVを生き延びた葵を演じた小松菜奈が、シンガポールでの不味いカツ丼に涙を零し、美瑛町での無上の美味さを覚える白御飯に号泣する場面に、すっかりやられてしまった。人が心の内から掛け替えのない人を失くす前者の悲しみと、心の内に大切な人を取り戻す後者の喜び、ともに伴うこもごもを万感の想いとして涙に替えて溢れさせている姿に感じ入った。成功しなければ失うこともなかったはずの玲子(山本美月)を思い、村田さん(倍賞美津子)が先駆けた子ども食堂を始めさせたのが自分だったことへの驚きと存在価値を与えてもらって感極まる葵に心動かされた。

 最後にフェリーを出航までさせてしまうのは、約束とも言える顛末の察しが付くだけに些か遣り過ぎになっていて少々興覚めたりもしたが、世界は意外に近いところにあったという漣(菅田将暉)のチーズ作りのエピソードや、漣の幼馴染の直樹(成田凌)の人生におけるパートナー探し、カネの怖さと儚さや「食べていくこと」の重みなどが、物語を紡いでいく糸として、よく効いていたように思う。二度目に出てきた♪ファイト♪の直樹の熱唱が何とも切なく、そして、ドングリ投げを父親(永島敏行)から受け継ぎ、わずかの間にきちんと娘に“ハグ”とともに受け渡して、漣の再出発への促しを果たし得ていた香(榮倉奈々)の生きざまが、なかなか天晴れだった。
by ヤマ

'20. 8.27. TOHOシネマズ7


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