『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(The Post)
監督 スティーヴン・スピルバーグ

 政権に批判的に臨む新聞テレビを目の敵にして非難するトランプ大統領に対して、いち早く批判的な意思表示を見せたメリル・ストリープが、'71年のニクソン政権下、メディアの社主たる矜持を見事に貫いたワシントン・ポスト紙のキャサリン・グラハムを演じて、まさにお誂え向きの映画になっていたように思う。

 政府がスクープ報道をした新聞社を訴えるというのにも驚いたが、最高裁判決でのブラック判事による「報道が仕えるべきは国民であって統治者ではない」との言葉がまさに昨今の日本メディアの体たらくを痛撃しているようで、感慨深い。しかし、それも国民の支持あってこそのものだということを改めて思うのは、CCRのグリーン・リバーで始る当時の往年と違って、今はメディアへの支持がとんでもなく低下しているように感じるからだという気がする。

 キャサリンが語っていたポスト紙社主の言葉「新聞は歴史書の草稿だ」というような自覚と気概は、今の日本の報道機関上層部に果たしてあるのだろうかと思わずにいられない。現場の記者自体には今も、本作のブラッドリー(トム・ハンクス)やバグディキアン(ボブ・オデンカーク)のような果敢さが残っているようには思うのだけれども、それも次第に少なくなってきている気がしてならない。

 ベン・ブラッドリーの妻トニー(サラ・ポールソン)が夫の果敢さを称賛しつつも社主キャサリンの“勇敢さ”に最も賛辞を送っていた場面が目を惹いた。夫の果敢さは失うもののない強みだというわけだ。ペンタゴン文書を報じることで収監されることになったとしても、ベンはジャーナリストとしての名を挙げ、たとえポスト紙が潰されたとしても引く手あまただろうけれども、ケイ【キャサリン】は、何もかもを失うリスクを負って決断していると讃えていた。

 それにしても、ベンのみならずポスト社内の現場記者と社主にしても、ライバル紙の記者同士にしても、メディアにリークした元政府関係者ダン(マシュー・リス)とバグディキアンにしても、マクナマラ(ブルース・グリーンウッド)とキャサリンにしても、皆々が顔見知りに留まらない親密さを湛えた間柄の何だか狭い社会のなかで歴史的大事件が起こっていたことに感慨を覚えた。実際のところ、そういうものなのかもしれない。一般人とは離れたソサエティに属する者たちによって歴史や社会が動かされているわけだが、ペンタゴン文書を作成した者も秘匿しようとした者も報じようとした者も、そのそれぞれの動機において前提意識に置いていたものが一般人の構成する社会であり、世論である点が、殊のほか重要だと思った。一般人とは離れたソサエティにいる者たちに、世論や社会を侮らせず常に意識させるためには、一般人の“彼らに向ける目のありよう”というものが何よりも大きな前提だと改めて感じた。

 そして、ニクソンが非常手段に訴えてでも秘匿しようとしたペンタゴン文書の作成を命じたというマクナマラのことをもっと知りたいとも思った。手元にチラシのみ保有しているドキュメンタリー映画『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白['03]を観る機会は、いつか得られるのだろうか。

 また、エンドクレジットに記されていた「ノーラ・エフロンに」の意味を訝しんでいたら、SNSの友人たちが次々といろいろなことを教えてくれた。本作の最後は、ワシントン・ポスト紙が歴史に残る大スクープを果たしたウォーターゲート事件の場面だったのだが、そのスクープの顛末を描いた大統領の陰謀['76](監督 アラン・J・パクラ)で活躍するカール・バーンスタイン記者(ダスティン・ホフマン)の元奥さんが、脚本家・映画監督のノーラ・エフロンだったそうだ。そして、当時の夫婦関係を題材にして脚本を書いた『心みだれて』['86]でメリル・ストリープの演じていた女性がエフロンをモデルにした役だったとのこと。更には、トム・ハンクスもエフロン監督作に2回ほど出ている(『めぐり逢えたら』['93]&『ユー・ガット・メール 』['98]か)し、追悼するには丁度良い作品だったということらしい。こういうところが、SNSの実に嬉しいところだ。

 それはともかく本作では、裁判所から差し止められたタイムズ紙に替わって、より詳しい記事をニクソン大統領サイドからの圧力に屈することなく報じたポスト紙を孤立させないよう、全米の地方紙各紙が一斉に後を追うことでポスト紙を鼓舞していた場面が、とりわけ印象深かった。折しも、報道の自由の名の下に“公正報道義務”条項を廃している現在のアメリカにおいて、トランプ政権追従報道を露骨に展開している局の問題が報じられていたので、尚更にそのように感じたのだろう。スピルバーグが急いで映画化し公開した理由もそのあたりにありそうだ。




参照テクストNHK映像の世紀バタフライエフェクト
『ベトナム戦争 マクナマラの誤謬』
 
by ヤマ

'18. 4. 3. TOHOシネマズ4



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