3「衝突と分裂」


 八重山は、開始時間のぴたり5分前に現れた。
 それまでばらばらに練習していた生徒たちは、吉乃の号令で水際に整列する。
 「…これから、改めて試験の実施要領を説明する」
 八重山は、いつものウェットスーツの上からウェイトベルトを巻き、エアタンクとマスクとフィンを着け、レギュレーターを口元にぶらぶらさせている。
 「…なによ、あのカッコ。あたしたちは水着一丁で素潜りだっていうのに」早苗がまだしゃくり上げながら小声で言う。
 「…まあ、まあ」となだめる春菜。
 「先日指示した通り、試験会場に携行できるのは黒鉛筆と消しゴムのみだ。開始の合図をしたら直ちに入水し、指定の席について試験を開始すること。尚、質問がある場合は必ず挙手の上…」
 「…ちなみに、どうやって水の中で質問すんの」と千鳥。
 「水中発声法、ですね」蓮が頬に手を当て、首をかしげる。「困ったわ。もっと練習しておけば良かった」
 「あっ、そ、そお、なの」千鳥はだんだん頬が引きつってきた。
 「…中途退出は、試験続行が不可能となった場合、また不可能となる危険があり呼吸回復措置を行った場合に限って認める。その他、許可なく無断で離席した場合には、棄権とみなし答案は採点しない」
 「…つまり、落第を避けるには」と武緒。「溺れて失神しちまうか、八重山との熱きベーゼを選ぶか、どちらかしかないって事だな」
 「やめてっ」早苗がいやいやをするように首を振る。「濃厚キスとか、ベーゼとか」
 「…あら、もう一つ方法があるわよ」吉乃が、眼鏡を光らせながら言った。
 「ええ?」
 「なに、なに」
 「簡単よ」口元は微笑しているが、なぜか目は笑っていない。「だから、さっき北上さんが言ってたみたいに、終了時間までずっと潜ったままでいればいいの。失神することなしに」
 「え」
 「…吉乃?」
 「うげっ、委員長がこわれた」
 「…以上。尚、試験時間は20分間とする」八重山が説明を終えた。
 「その試験時間、何か意味あるのかなあ」春菜が呟く。
 「あはははは」千鳥は笑い出していた。「あたし、何だかどうでも良くなってきた。うん、頑張ろう。テストは頑張らないとねえ」
 「…はいっ、千鳥さん」傍らの蓮が、にこにこしながら返事をした。