とくん、とくん。

 
自分の鼓動が、まるで耳元で鳴っているように大きく聞こえる。
 
通路の中を、ひんやりとした静寂が支配していた。心臓が送り出した血流が、自分の四肢にさらさらと流れていくのさえ麻耶には聞こえるような気がした。
 
(ああ、私はまだ生きているー)
 
もう何分息を止めているのだろう。それでも、もう肺にはほんの少しの濁った空気しか残されていなくても、まだ自分の心臓は脈を打ち、頭は物を考えている。
 麻耶は、下唇を強く噛むと、意識のない千登勢の手を再びぎゅっと握った、そして、さっき自分たちがやってきた入り口の方角にある光の列柱をちらりと一瞥すると、全く逆の方向―光一つ見えない、深い深い暗闇の中を目指して、力一杯岩肌を蹴った。
 とくん、とくん。
 
自分の心臓の音が聞こえる。麻耶は、無意識のうちにその回数を数え始めていた。二十五、二十六。
 
胸がきりきりと痛んだ。とっくに限界を超え、ぺしゃんこにつぶれた肺が、主人である麻耶に抗議している。横隔膜が痙攣し、腹筋が波打つ。少しずつ息を吐き出すくらいでは、もう自分の体を騙せていられそうになかった。
 五十一、五十二。視野が狭まり、殆ど何も見えない。麻耶のドルフィンキックは、いつの間にかもがくようなバタ足になっていた。

 
七十九、八〇。
 
こぽっ。こぽぽっ。我慢しても、こらえきれない息が口から漏れていく。唇をぎゅっと噛みしめ、口を手で抑えて必死に空気を押し戻す。水を掻いているつもりなのに、もう全く前に進めていない。まるで立ち泳ぎをしているようだ。麻耶の足がじたばたと動き、頭がごつごつと通路の天井に突き当たる。
 
九十四、九十五。苦しい。もうだめ。千登勢、ごめんね、助けてあげられなくて―
 
百十二、百十三。麻耶は、ごぽごぽっと最後の空気を吐き出すと、口を大きく開け、洞窟を満たす冷たい水を胸いっぱいに吸い込んだ。

 その時、薄れゆく意識の中で、麻耶は自分の体が急に浮き上がり、奔流のような強い力でどこかへ運ばれていくのをわずかに感じていた。

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