正しい対・ネクロード戦


襲い来る亡者たちをなぎ払い、村中で最も立派な建物へと辿り着いた一行は、そこに求める敵の気配を確かめ、うんざりと息を吐いた。
「吸血鬼の分際で教会に居座るたぁ、ふざけた野郎だぜ」
扉のうちに長年に渡る仇敵を追い詰めた闘士ビクトールが振り向きざまに問う。
「ようし行くぞ、いいなウィン?」
呼ばれた新都市同盟軍の中心である少年は慌てて両手を振った。
「ちょ、ちょっと待って、ビクトールさん」
「何だよ?」
「その前に回復をしておかないと。ストーンゴーレムに受けたダメージ、まだそのままだったでしょう?」
言われて自身、それから仲間たちを見回した男は納得したように照れ笑った。
ハイランド王国と戦線を構える新都市同盟軍に最後まで参加しようとしなかったティント領。一帯は現在、吸血鬼ネクロードの支配下に落ちて滅びのときを待っている。
数々の因縁を内包するビクトールが逸るのはもっともであるが、ゾンビの群れに封鎖された村に侵入するために坑道を進んだ一行は、様々なモンスターの攻撃を浴びていた。
特に、坑道を抜ける直前に待ち構えていたストーンゴーレムは強敵で、ここで侵入者の息の根を絶とうというネクロードの意図が感じられたものだ。
ウィンの義姉であるナナミが大きく頷きながら同意する。
「凄かったよねえ、あんな大っきい拳でボカボカ殴ってくるんだもん。大丈夫?」
問い掛けは、拳の洗礼を受けた前衛三名の剣士に向けてのものである。ビクトール、そして彼同様に体力には絶対の自信を持つ元・青騎士団長は殆ど同時に胸を張って不敵な笑みを浮かべたが、元・赤騎士団長だけはひっそりと嘆息した。
「……普通は死にそうな気がしますね、レディ」
剣士にしては細身の肢体、優美で端正な赤騎士団長カミュー。華麗な剣技を信条とする彼は、巨大な拳に容赦なく殴りつけられて、微笑んだまま立腹していたのだった。
坑道脱出後に遭遇した雑魚モンスターに手子摺ることはなかったが、既に一同は十分手負い状態である。ウィンは『輝く盾の紋章』の力で一行の傷を癒し、そこでやや複雑な表情になった。
「……まずいや、もう回復魔法が残ってないよ」
「わたしの『優しさのしずく』も、あと一回分しかないよ」
ナナミが言えば、
「対ストーンゴーレムで随分魔法を使ってしまいましたからね」
共闘していたバンパイア・ハンターのカーンも眉を寄せて首を捻る。一同はそれぞれの所持品を確かめたが、回復の材料となるアイテムは皆無だった。
「村の外に出られなくなると分かってたら、節約して使ったのになあ」
十重二十重に立ちはだかるゾンビによって、回復手段を入手しようにも、村からの脱出が叶わなかったのだ。ぼやいたウィンに、密やかな苦笑が送られた。同行していた吸血鬼の始祖、可憐な乙女の姿ながら年齢不肖のシエラである。
「おんしら、それでネクロードを叩けるか? あやつの狡猾は分かっておろう?」
「やるさ」
ビクトールが毅然と言い放つ。
「やっと追い詰めたんだぜ、ここでケリをつける。一気に叩いて早期決着となりゃ、回復の必要もねえさ」
「そう上手くいくかのう……」
含み笑うシエラに傭兵は忌ま忌ましげな視線を向けた。
「のんびり見物してるだけのくせして、志気を殺ぐような台詞吐くんじゃねーよ。それより何かないのかよ、ネクロードの野郎の戦法についての情報は」
「そうじゃな」
束の間考えたシエラは柔らかく頷く。
「あやつは無類の女好きじゃ」
「……それは生態の情報だろうがよ」
いや、と軽い否定と共に低い呟きが続いた。
「その嗜好が戦いにも現れる。あやつが蝙蝠に姿を変えたら気をつけるが良いぞ、吸血攻撃がくる」
紅一点であるナナミに向けて為された警告に一同は眉を顰た。
「それじゃナナミが集中的に狙われるってことかよ、シエラ?」
「何という下劣な! 騎士として許すまじき暴挙ですな!」
「騎士であるという以前に、男として許せない卑劣な攻撃嗜好ですね」
「ナナミでも一応女の子として見えるのかな……、って、痛っ!」
義姉に思い切り後頭部を張り飛ばされたウィンは不承不承意見した。
「じゃ、残った『優しさのしずく』はナナミ用に温存するということで……構いませんか?」
男たちは即座に同意の笑みを浮かべた。
「それと、奴は即死効果の高い魔法を使うことがあります」
カーンの補足説明に、更に一同は緊張を高める。
「わたし以外の方で、戦闘不能に陥った場合、『破魔の紋章』で復帰させられますが……回復の手段がなくては完全復活は不可能です。二度目は見捨てますので、覚悟なさってください」
頷き合った彼らは悪鬼ネクロードの待つ室内へと足を踏み入れていった。
吸血鬼はティント市長の娘と共に拉致した灯竜山の女山賊と何やら揉めていたが、侵入者に気付くなり薄笑いを浮かべて歩み寄ってきた。
仇敵に向かって進み出たビクトールが、思いつく限りの悪口雑言を吐き始める。これはネクロードを結界の輪に封じるための時間稼ぎであり、当初から予定された行動であった。
───しかし。
「す、凄いな、ビクトールさん……」
「うん……あれって絶対、演技じゃないよね」
姉弟がひそひそと囁き合う。
恐ろしい早口で並べ立てられる語句の数々。ナナミの言に拠るまでもなく、それが策などを凌駕した傭兵の怨念であることに一同は気付く。
陽気でおおらかな男が背負った記憶の重さに改めて義憤を駆り立てられる中、カミューは目前に立った少女の耳を両手で塞いだ。
「……?」
怪訝そうに振り仰ぐナナミに彼はにっこりした。ビクトールの罵詈が、やや乙女向きでなくなってきたからである。傍らのマイクロトフも難しい顔で唸っていた。
「う、ううむ……我々はビクトール殿と志を同じくする仲間。ならば共に吸血鬼をすり潰し、『かけ』た上に引っ張ったり伸ばしたりせねばならないのだろうか……」
「そ、それは個人の自由意志に任されると思いますよ、マイクロトフさん」
生真面目に考え込んでいる男にウィンは引き攣った笑みで答えるのだった。
そうこうしているうちに、バンパイア・ハンターの術が発動した。光の文様に捕われた吸血鬼は、『現し身の秘法』による逃亡が叶わなくなった。更にそこへ登場したシエラが、奪い取られた『月の紋章』の封印を果たす。こうしてネクロードの力の両翼を削いだかたちで、決戦の火蓋は切って落とされた。
「さあ、行くぞっ!」
ビクトールの鼓舞に応じて、まずはナナミが宿した紋章から『守りの霧』を放った。これは、ネクロードが駆使する魔法攻撃を睨んでの策である。
「くそったれ! 今日という今日は終わりにしてやるからな!」
怒声によってなおも吸血鬼を威嚇するビクトールの背後、カーンが叫んだ。
「魔力が上がっている、攻撃が来ます!」
同時に、施した『守りの霧』が発動し始める。ところが、戦士六名のうち、たった一人カミューだけが防御霧の形成から除外されてしまった。
「えっ……?」
束の間呆然とするカミューだが、それは他の仲間も同様だ。
『守りの霧』は土の紋章に含まれる『守りの天蓋』とは異なり、完全防御魔法ではない。二十パーセントほどの確立で発動する、謂わば博打のような防御魔法なのである。
『発動すれば儲けもの』といった感覚で使われる魔法が、こうまではたらくのは珍しい。逆に、そんな中で唯一恩恵を受けられなかったカミューは不運と言えた。
凄まじい衝撃を受けながらも、気丈にして誇り高き赤騎士団長は剣を握り直す。その様子を見てウィンが叫んだ。
「カミューさん、マイクロトフさん! 『騎士攻撃』お願いします!」
新同盟軍内には協力攻撃と呼ばれる連携技を持つものたちがいる。二人の元・騎士団長が繰り出す『騎士攻撃』は、敵に通常ダメージの二倍を与えるという強力な剣技だ。
「いけるか、カミュー?」
「勿論だ」
魔法攻撃によるダメージを慮ったマイクロトフだが、美貌の伴侶がしっかりと頷くのを見て、安堵しながら愛剣を構えた。呼吸を合わせてネクロードの眼前に迫り、一気に剣を振るう。マイクロトフの上段からの剣戟に加えて凪ぎ払うカミューの剣が吸血鬼を一閃した。
よし、効いている───よろめくネクロードを見た仲間たちは快哉を叫ぼうとしたのだが。
元の立ち位置に戻った途端、同様によろめいた赤騎士団長の姿に呆然とした。
協力攻撃、確かに味方に計り知れない恩恵をもたらす技ではあるが、中には弊害を生じるものもある。『騎士攻撃』もその一つで、攻撃の後、二人は二十パーセントの確立でアンバランスと呼ばれる短時間の戦闘不能状態に陥ってしまう可能性がある。赤騎士団長は、その不幸な二割に該当してしまったのだ。
「カ、カミュー!」
驚愕してマイクロトフが叫ぶが、目を回しているカミューは弱々しく唸るばかり。
苦々しい表情でビクトールが背後の少年に囁いた。
「……ウィン、やばいぞ。さっきの『守りの霧』といい、どうも今日のカミューはフリック並に運が悪い」
引き合いに出された人物を思い巡らせ、続いて膝を折っている赤騎士団長を一瞥したウィンは悄然と首を振った。
「……協力攻撃はやめておきましょう」
指導者の無念そうな呟きを耳にしたカミューは、自らの不甲斐なさ──と不運──を忌んだが、彼の受難は始まったばかりであった。

 

不運は続く →


ここまで書いたところで
セーブデータが呼び出せなくなり、
戦闘場面を見られなくなったため、
続きを書くのを諦めて削除した話ですが……
力技でデータが復活したので、
微妙に改稿しながら再挑戦。

ティントから出られないとは思わず、
回復手段貧乏で臨んだ初回プレイ。
あー、懐かしいな〜。

 

SSの間に戻る / TOPへ戻る