少年模様 8


新任騎士選別者に割り当てられた居所の一室。
ベッドに寝そべっていたヴィトーは訪ねてきた美貌の少年を一瞥し、目を通していた書面の束を放り投げて身を起こした。
「どんな塩梅だった……と聞くのは野暮か」
笑いながら立ち上がると、立ち尽くす少年に軽い足払いを掛けようとする。咄嗟に退って避けようとしたカミューはバランスを崩してよろめいた。ヴィトーは逞しい腕を伸ばして彼を支え、ほくそ笑む。
「おいおい、随分と早い展開じゃないか……参ったな」
「参ったのはこちらです」
憮然と呟いて少年はヴィトーを押し退けた。煌めく琥珀が先任騎士を睨み付ける。
「どういうけしかけ方をなさったんです? 心の準備も出来なかったじゃありませんか」
「────恨まれる筋じゃないと思うがなあ」
吹き出してヴィトーは椅子を勧め、動こうとしない少年を揶揄した。
「意地を張るものじゃない、立ってるのもつらいんだろうが。座れ、カミュー」
渋々といった様子でようやく腰掛けた彼を眺め回し、改めてヴィトーは感嘆の溜め息を洩らした。
「……やばいな。昨日よりも色気が三割増しってところだ」
「戯言は結構です。ヴィトー様、質問に答えてください」
ぴしゃりと言ったカミューを見詰め、ヴィトーは向かいの椅子に沈んだ。
「ちょっとした配慮だ。けなげで可愛いおまえのために、切っ掛けを与えてやったんだよ」
邪気もなく口にして、彼は身を乗り出した。
「だいたいおまえ……泣いてありがたがられても、責められる謂れはないと思うがなあ」
「それは……」
珍しく口籠り、カミューは居心地悪そうに身を竦めた。
「『芝居でもいいから恋人のように接してみたい』……泣かせるじゃないか。惚れた弱みで涙を飲んで協力してやったのに、何て恩知らずな奴だ」
ふんと鼻を鳴らしたヴィトーだが、すぐに笑みを戻す。
「おまえが恐ろしい勢いで部屋からすっ飛んで行くのが見えたんでな、こりゃあ押しどころかと考えた。どうだ、おれの見立ては的中だったろうが」
ますます渋い顔になったカミューが嫌々といった調子で頷くのを、ヴィトーはにっこりと感慨深げに見詰めた。

 

 

カミューを一目見たときから、綺麗な容姿に惹かれた。
一見おとなしげな姿に騙されて強引に言い寄ってみたが、カミューは実に凛然として手強い相手だった。
張り詰めた遣り取り(口説きともいう)を交わしているうち、ヴィトーは彼の秘めた恋心に気づいた。これまで幾人もの騎士に好意を寄せられながら一度として応じたことがなかったのは、別に禁忌への足踏みや好みの問題ではなく、単に好いた相手がいるからだったのだ、と。
看破されたのは初めてだったのだろう、カミューは呆気なく陥ちた。問われるままに心情を口にした彼の思いがけない素直な幼さに、ヴィトーの庇護欲は疼いたのだ。

いっそ芝居でもいいからマイクロトフと恋人として接してみたい────何とささやかで切ない願望ではないか。
カミューのように華やかで毅然とした少年が持つには、あまりに不似合いな小さな望み。
今の友情を壊したくない一心を貫こうとするカミューを励まし、望みの成就に手を貸すと申し出た。よくよく考えてみれば損な役回りでしかないのに、そのあたりはまさしく『惚れた弱み』だったのだろう。
ヴィトーがマイクロトフに邪な関心を見せれば、当然おめでたい仲間連中が策を練る筈だ。他に恋人がいるというお断り手段を引っ張り出すのは時間の問題、そこにカミューが納まれば晴れて念願成就────二人で考えた脚本は見事に進行したのである。

 

 

「それにしても、何があった? あの野郎、おれが部屋に入っても気付かないくらい呆けていたが」
「それは……」
束の間の躊躇の後、諦めたような告白が始まる。
「多少の誤解はあったのですが……彼よりもわたしの方が受け身対象としては自然だと……そう言われたのかと思って……」
「『そこまで同性同士の恋愛に対して柔軟に思考が回るようになったのに、何故わたしの想いに気付かない』、か?」
笑いながらの合の手にカミューは俯いた。
「駄目ですね、ひとつ願いが叶えば更に欲深くなってしまう……」
「欲がなけりゃ、得られるものも得られないさ。そういう訳なら、ますます感謝しろ。首尾よくマイクロトフの本音を引き出してやったんだからな」
そこでヴィトーはふと思う。
「だが……考えてみれば、おれが言い寄る相手はおまえでも良かったんじゃないか? 奴ならおまえを守ると勇み立っただろうに」
「緊張感が違います」
「なるほど」
ヴィトーは苦笑した。
充分に芝居を楽しんだ彼ではあるが、カミューが相手だったら冗談で済まなかったかもしれない。そのあたりを無意識に警戒していたのだろう、改めてカミューの自衛本能の強さに諦念混じりの感嘆が込み上げる。
そのうちに、カミューは考え直したように洩らした。
「でも……仰る通り、やはり間違ったかもしれませんね。『男同士とは何やら恐ろしい関係』として認識されていましたから」
「……いっそうのありがたみを感じただろうな」
ヴィトーはカミューの言いように笑い出した。
「『カミューはおれのために不本意で恐ろしい役を演じてくれている、何て優しい奴なんだ、優しいだけじゃなく綺麗で可愛い、困った本気になってしまったぞ』……か」
「……最後の一節までは期待していなかったんです」
カミューは溜め息混じりに呟いた。
「最初にヴィトー様に見せた反応こそがマイクロトフの価値観だと思っていましたし。まさか本当に……」
「その上、一気に最後までいっちまうとは思わなかった……か? まったく青臭い奴だよ、マイクロトフの野郎。碌な知識も経験もないくせに、勢いだけは相当なものだと見たぞ。だから言ったろう、最初はおれにしておけと。手取り足取り、優しく可愛がってやったものを」
不快そうに美貌を歪めるカミューに笑いながら、ヴィトーは生真面目そうな少年を思い描いた。

 

まずは告白。
手を握って抱き締めて、それからたどたどしいキス。
それ以上に進むにはカミューが決死のお誘いを試みて初めて……と想像出来るのに。まさか雪崩れ込むとは思ってもみなかった。勢いとは恐ろしいものだ。

 

「……あの野郎、本当に期待を裏切らない奴だな」
「赤騎士団を希望するそうです」
「あ?」
「わたしがあなたと同じ所属となって、いびられるのではないかと案じているようで」
苦笑するカミューにますます破顔し、ヴィトーは大仰に首を振った。
「冗談じゃない、あいつは選別者の総意で青騎士団向きだ。第一、上官をぶん殴るような猪男、うちにくるなど猛反対するね、おれは」
予想通りの配属予定にカミューは微笑んだ。口調はともかく、ヴィトーはマイクロトフを嫌っていない。
ほっとしたように力を抜く少年を窺いながらヴィトーは思った。

 

何故、マイクロトフが殴りつけてきたか。
理由は教えてやるまい。おそらくカミューは、貞操の危機を感じたマイクロトフの必死の抵抗と考えているだろう。
実は彼を案じるあまりの行為だったなんて、雄々しすぎて少し腹が立つから。

 

「カミュー……一つ聞かせろ。何故おれに打ち明けた?」
「はい?」
「好いた相手が別の男に惚れてるなど……逆に利用されるとは思わなかったのか」
それは、と口籠ったカミューだが、すぐに柔らかく首を振る。
「……思いませんでした。ヴィトー様はそうした方ではないと直感しましたし。それに……」
切なげな微笑。
「一人で抱えているのに限界だったのかもしれません。大方の予想通り、わたしたちは所属も分かれてしまうでしょうし……」
「そうなったら今以上につらい日々となるから、事情を承知で甘やかしてくれる相手が必要だった────か」
途端に否定を述べようとするのを片手で制し、やれやれとヴィトーは溜め息を吐いた。
「とことん、お人好しの世話焼きと思われたらしいな。まあ、いい。数ヶ月後には同じ赤騎士団の同僚だ。年下の猪野郎に疲れたら、いつでも甘ったれに来い」
彼は立ち上がってカミューの髪を掻き乱した。
「……おまえも意外と擦れていなかったんだな」
「意外と、とはどういう意味です?」
乱れた髪の中から琥珀が見上げる。
「大人びてはいるが、ガキってことだ」
それからヴィトーは悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「ところで、カミュー。晴れて『恋人』と結ばれたんだろう? 礼はないのか? ベッドで一晩……とは言わん、キスひとつにまけてやるが」
可笑しそうに見詰める年長の騎士をしばし見返していたカミューだが、やがて鮮やかに言い切った。
「……昨夜、マイクロトフに誓いました。未来永劫、わたしのすべては彼のものだと。ですから、許可はマイクロトフから得ていただけますか?」
「────あいつはおれを見ると逃げていく」
憮然と唸ったヴィトーは耐え切れずといった調子で吹き出していた。

 

「身勝手で屁理屈ばかり達者で……そのくせ、可愛い。だから子供ってのは始末が悪いぜ」

 

 

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END


先輩はごく自然な嗜好の持ち主でした。
………………いや、自然じゃない。ホモだ(笑)

こういうオチでございました。
何気に赤が仲間を誘導していたのに
お気づきいただけましたか〜?
青を得るためなら鋼鉄の仮面も被る、
末恐ろしくもケナゲな赤の物語でしたv
今後とも……頑張れ、青(笑)

ところで。
面白いと教えてもらったんですが……ご存知ですか?? 「いきなり次回予告!」
やってみたところ、こんな結果が。

妖しく蠢くマイクロトフの手!!
もうカミューはメロメロだぁ〜!!
このまま黙って見続けるつもりか?ヴィトー??
次回『いっそのこと参加しろよ』
マイクロトフの手はやむ事がない・・・・・

……何か、凄く楽しそうなんですけど……(笑)

 

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