彼らの選択 ACT36


腰が立たないと散々文句を言いながら、馴れた手つきで騎士服を身に纏っていくカミューを見守り、マイクロトフは深い満足を覚えていた。
最後に白い手袋をはめて振り返る彼は、自信と誇りに溢れた青年騎士団長だ。
────少年も確かに愛しかった。
それでも、カミューが元に戻ったことはやはり嬉しい。幼い頃に比べると素直さは今一つだが、憎まれ口を叩く恋人の可愛さはまた格別のものがある。
感慨を込めて見詰める男に、カミューは憮然と吐いた。
「おまえがこんな獣だとは思わなかったぞ。ひどい奴だ……」
それでもマイクロトフが微笑んだままなので、やがてカミューは諦めたように溜め息をついた。
「まあ……色々と面倒を掛けたことについては詫びておくが……」
「面倒などではなかった」
困惑したのは事実だ────途方に暮れたのも本当だ。
だが、嫌だとか面倒だと考えたことは不思議と一度もなかった。正直に告げたマイクロトフに、カミューは薄く笑って頷いた。
「────それでも帳消しにするわけではないぞ」
「……それほど悪くなかったように見えたが……」
「そういうことを口にするな!!」
微かに染まった頬がすべてを答えていた。
カミューの時間は洛帝山で止まったままだったが、身体は確かに時間を経ていた。
抵抗は最初のうちだけだった。結局は彼もマイクロトフの体温に餓えていたのだから。

 

城へ向かう間中、カミューは沈黙したままだった。これから顔を合わせる騎士たちへの対応に苦慮しているのだ。マイクロトフも察して、気遣いながらも言葉を掛けなかった。
やがて彼は一つ溜め息を吐いた。
「────考えても仕方がない。起きてしまったことは取り消せないし……な」
「前向きなところは昔のままだ」
笑って返すと、カミューは憮然とした。
「これから先、やりにくくなる。忘れてくれと頼んでも、無理……だろうな」
「忘れないとも」
マイクロトフは穏やかに答えた。
「十三のおまえに約束した。決して忘れないと」
「……………………」
カミューは俯いて手綱を引き絞った。
過去の自分の有りのままの姿を見ても揺らがなかった男たちが相手なら、それもよかろうと考え直す。
「カミュー……正直に言おう。おれは昔のおまえに会えて良かった。おまえが語ってくれなかったこと、心にしまっていたこと……おれがずっと知りたいと思っていたことを、あの子が教えてくれた。おまえには不本意かも知れないが────この数日、おれは楽しかった」
「……もし、わたしが戻らなかったらどうするつもりだったんだ?」
「おれが育てるつもりだった」
馬鹿だな、と小さく呟いてカミューは苦笑した。胸に暖かな安堵が広がっていく。それは決して不快なものではなかった。
部下たちが必死に自分を守ろうとしてくれたことにも素直に感謝することができた。ただ、どう感謝を述べるかには相変わらず頭が痛かったが。

 

 

赤騎士団長が休暇を繰り上げて参城したという知らせに、直ちに執務室に飛び込んできた一連の騎士隊長ら。その顔に、マイクロトフが語った通りの一途な忠節の色を読んだカミューは言葉に詰まった。
ランドたちもまた、突然のことに言葉が出ない。呆然といった顔つきでカミューを凝視している。
「何と言うか……わたしは────」
困惑しながら切り出したカミューを、ランドが優しく遮った。
「何も仰いますな、カミュー様」
ローウェルが続ける。
「ご無事のご帰還、何よりです。一同、心よりカミュー様を案じておりました。わたしの力が及ばず、カミュー様を危険にさらしてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
アレンが微笑んだ。
「こうして再びお会いできて、心から嬉しく思います」
最後にエドが頷いた。
「もうお身体は何ともありませんか?」
彼らが数日のことを心に納めながら言葉を発しているのが分かり、カミューの胸は詰まった。だが、これだけは言わねば礼節にもとるだろうと敢えて口を開く。
「マイクロトフから事情は聞いた。おまえたちには色々迷惑を掛けた。本当にすまないと思っているし、また、感謝もしている」
「感謝などと────」
ランドが目を細めた。
「カミュー様がカミュー様でおられる限り、我らの忠誠は変わりません」
「しかし────驚いただろう……?」
「確かに」
ランドは苦笑した。
「正直に申し上げますなら……。しかし、決して悪い意味にはお取りになりませぬよう。我らは十三才のあなた様にも、心からの忠節を捧げるのに躊躇いませんでした」
「その通りです」
ローウェルが頷いた。
「不遜を承知で申し上げるなら、幼いあなた様はとても────素晴らしい少年でした」
一同が即座に同意する。戸惑うようなカミューの表情には、微かにあの少年の気配が残る。

 

彼らは少年を愛していた。
無防備で開けっぴろげで、一生懸命に彼らの期待に応えようとしていた少年を、どうして愛さずにいられただろう。
たとえ別人のように振舞おうと、彼がいずれ敬愛する青年に成長するのだと思うだけで、守り通さねばならないと奮起できた。それは彼らが信念を持って選択した道だったのだ。

 

俯くカミューに、更にローウェルが続けた。
「もう何も仰らないでください。我らはカミュー様に剣を捧げました。そしてこれからも────赤騎士団員であることを誇りに思います」
「………………」
マイクロトフが励ますように頷く。カミューはようやく部下たちが心から望んでいた輝く笑みを浮かべた。
「────おまえたちの忠誠に感謝する」

深々と礼を取る騎士たちは、微かな寂しさをも感じていた。
カミューが戻ったことは喜ばしいことだ。あれこれ悩む必要もなくなり、赤騎士団も安泰だ。
それでも、幼さの中に絶大な魅力を秘めていた少年は、彼らの心に忘れられない足跡を残した。この先、端正な顔立ちの向こうに愛しいばかりだった無邪気な少年を探すことをやめられはしないだろう。

気を取り直して、記憶が退行していた間の空白を埋めるため、ランドがあれこれと報告を始めた。
一連の騒ぎの過程にはカミューも苦笑を禁じ得なかったし、あれこれ気を回した部下たちの慌てぶりも窺えた。
そんな中で、ローウェルが口を開いた。
「カミュー様、ミゲルに会ってやっていただけませんか?」
「ミゲル……?」
ぴくりとマイクロトフが反応する。事情を知らないカミューは怪訝そうにローウェルを見るばかりだ。
「彼がどうかしたのか?」
ローウェルが誇らしげに微笑んだ。
「洛帝山での出来事がよほどこたえたのでしょう。さながら人が変わったようです」
ランドが頷いた。
「訓練にも熱心ですが……何より、礼節というものを学んだようで」
「そうか……? 彼は事情を知らないのだな?」
マイクロトフはあっと思った。色々話すことが多すぎて、ミゲルの件をうっかり忘れていたのだ。
だが、切り出す間もなくカミューは応じていた。控えていたラウルに優しく笑いかけながら、ミゲルを呼ぶように命じてしまったのである。
少年が飛び出していくのとほぼ同時に、マイクロトフはおずおずと声を掛けた。
「カ、カミュー……実は、その────」
「何だい?」
「────……ミゲルも知っている」
「何ですって?」
叫んだのはエドだ。カミューも眉を寄せている。
「す……すまない。すっかり忘れていた」
「彼が知っている? しかし、そんな気配は……」
ローウェルも不思議そうに首を傾げる。
「どういうことだろう。ミゲルの性格からしたら、黙っているはずはないと思うが────」
「────ばれたのは昨日なのだ」
すっかり肩を落として呟くマイクロトフに、カミューは朗らかに笑った。
「……いいさ、わたしは過去の自分を恥じるつもりはない。おまえたちがそう教えてくれたからな。ミゲルがどう思おうと、それは彼の判断だ。彼に任せる他、ないだろう?」
一同が頷く。何より彼らには、もうミゲルが意志を変えることはないような気がしていた。

 

 

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おぢさんたちのオトナな出迎え編でしたv
この先、彼らは13赤の面影を探して
前よりいっそうキラキラした目で
赤を見守ることでしょう(笑)
ふっ……まったくケナゲな連中だ。

続いてミゲル君とのご対面です。
シンデレラから始まった赤騎士団生活、
淡い初恋物語(笑)も終幕。

最終回 『選択の果てに見えるもの』
最後くらいは真面目な副題(笑)

 

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