の後先 8


「しっ、失礼致します!」
未だロックアックス城も静まり返る早朝に、赤騎士団長執務室に駆け込んできたのは第七隊長ランベルトである。ここのところ式典用具調達の相談役として青騎士団に派遣されていた男であるが、今回のポーリーンの事件発覚に居合わせたこともあり、任を果たしながら常に情報は与えられていた。彼は現在、第二隊長以上の要人がカミューの起床係を請け負っていることを知っているので、早朝から執務室に詰めていた三人を見るなり微かな安堵を浮かべた。
「どうした、騒々しい」
第一隊長ローウェルがやんわりと窘めたが、彼はそれどころではなかったらしい。
「ご、ご報告します! 今朝をもって青騎士団における補佐任務を終了致しましたので、通常職務に復帰させていただきます」
「おお、ご苦労だったな」
温和に労苦を労った副長だが、殆ど言葉尻を遮る勢いでランベルトは続けた。
「い、一大事でございます。マイクロトフ殿が戻ってこられましたぞ!」
「な───何?!」
一同はそのまま固まった。自らの報告が上官たちを驚かせたことで、彼は荒ぶる息を殺しながら必死に続ける。
「今さっき、城門脇ですれ違いました。間違いなく、マイクロトフ殿です」
「は、早いではないか! 確か予定では……」
第二隊長が泡を食って副長を見遣ると、日頃滅多に動揺を見せない彼も呆然と目を見開いている。
「来週、始めの帰還と……伺っていたが……」
「式典を控えて、予定を繰り上げられたものと。如何なさいます、副長?! あの少女の問題はまだ解決しておりません」
「そう言われてもだな……」
副長ランドは久々にキリキリと痛む胃の腑を押さえた。

 

まったくもってやってくれる。
行動に予測の立たない人物だとは前々から思っていたが、よりによってこんなときにまで実践してくれなくとも良いではないか。
いや、それよりも何か大事なことを忘れてはいないか。
思い出さねばならないというのに、あまりの衝撃に頭が働かない。

 

「以前副長が仰ったように、たとえどのような事態になろうとマイクロトフ殿のカミュー様への信頼は揺るがぬとは思うが……とりあえず、ご報告してお心の準備をしていただくべきだな。少し早いが、カミュー様をお起こししよう」
何とか平静を取り戻した第一隊長が言った途端、副長の思考が動き出した。

 

この時間ではゴルドーはまだ休んでいるだろう。帰還の報告が出来ない今、マイクロトフの取る行動と言えば───

 

「いかん! ローウェル、直ちにカミュー様をお起こししろ!」
「副長……?」
「マイクロトフ殿のことだ、カミュー様のところへ直行する恐れがあるぞ」
「!!」
ローウェルは二度は言わさず執務室を飛び出していった。残された一同は祈るような心地で互いを見合うばかりだ。
「……しかし、この先はどうなさいますか?」
「とりあえず、ポーリーン嬢をわたしの部屋でお預かりすることも可能だが……根本解決にはならんな」
げんなりと溜め息をついた副長は、両手で頭を抱え込んだ。
マイクロトフのことだ、親友絡みの騒動を広めるような真似はしないだろう。そのあたり、彼の誠実には信用がおける。しかし、依然カミューが不安な状況にあることには変わりがない。上官の真意が読めない身には、これ以上の手のうちようがなかった。
「……やむを得ん。アレン……ポーリーン殿の身元を調べる任に就け」
「宜しいのですか?」
あえてカミューが避けている少女の身元調査を持ち出した副長に、第二隊長が真摯に問う。
「限界だ、咎めはわたしが負う。それが不明な限り、根本的な解決にはならぬ」
第七隊長と顔を見合わせたアレンは大きく頷いた。
「では、第二隊長アレン……ポーリーン嬢の身元の解明に全力を───」
「……お待ちください」
威儀を正した宣誓を遮ったのは、戻って来た第一隊長だった。やや青ざめた表情で真っ直ぐに副長を見詰めた彼は、深々と頭を垂れた。
「申し訳ございませぬ……間に合いませんでした」
沈黙が降りる。最初に気を取り直した副長は肩を落とした。
「丁度、カミュー様の部屋へ入って行かれるところでした」
「張り番をつけていなかったのがアダとなったな……」
少女と同居していることを知られぬため、あえて張り番の騎士を遠ざけておいた。要するに、今のカミューの自室は出入り自由状態なのだ。騎士団長の自室をいきなり訪ねるような不調法者はいないという前提のもとでの計らいだったが、計算外の人物は確かにいたのである。
「……しばし待とう」
やがて副長は低く言った。
「こうなったからには、カミュー様も何らかの手立てをお考えになられるに違いない。我らはそれに従う他、ない……」
苦悩する男たちを、目映い朝陽が照らしていた。

 

 

 

ふと、柔らかに抱き起こされたカミューは、ともすると白濁へと戻ろうとする意識を必死に繋ぎ止めようと足掻いていた。こんなふうに自分を包み込む温かさはひとつしか知らない。だが、今は傍に有り得ないはずなのだ。
部下が身体に手をかけることは滅多にない。朝、起こすときであっても散々耳元で名を呼ばわってから最後の手段とばかりに行われる行為である。その違和感がカミューの覚醒を日頃よりは活発に促していた。
「ほら、起きろ。何をしているんだ、こんな床で……」
耳に吹き込まれた声に、唐突に意識が澄み渡った。一旦きつく閉じてから開いた瞳に飛び込んだのは、片時も忘れることのない精悍な笑顔だった。
「マ、イクロトフ……?」
「ああ」
細められた黒曜石の瞳が真っ直ぐに見返した。
「まさかベッドから落ちて転がってきたのではないだろうな? 危ういところで踏むところだったぞ」
笑いながら横に座り込み、寝乱れた髪を掻き上げる。
「おまえ……どうして───」
さすがに対処出来ず呆然とする彼に、マイクロトフは穏やかに首を振った。
「すまなかったな、おれの団長就任式典の手配で手を煩わせたのだろう? 疲れた顔をしている……」
言いながら寄せられた唇を慌てて避けた。
「い、いや……そういうことではなくて」
くちづけを拒まれたことで怪訝そうに眉を寄せるマイクロトフに食い入るような視線を向けたままカミューは言い募った。
「休暇は来週明けまでの筈だっただろう?」
「そうなんだが」
彼は頷きながら答える。
「……繰り上げて帰ってきたんだ。やはり式典が控えていて落ち着かなかったし、その……おまえにも会いたかったし」

 

それは同じだ、と素直に吐露して抱擁へ。
マイクロトフの帰還時に向けての構想は脆くも崩れ去った。思い立ったら即実行の恋人の質を、カミューは微かに恨んだ。

 

「叔父上たちも元気にしておられた。おまえに渡して欲しいと土産まで持たせてくれたぞ。それにな───」
「マイクロトフ……頼む、少し待ってくれ」
カミューは部屋の隅に設えられた寝台が気になって目が眩みそうだった。
「どうかしたか? 無理に起こしすぎたか……?」
案ずるように顔を覗き込まれ、もはやこれまで、と諦めた。彼が戻る前に決着をつけるべく手を打ち始めたが、この急展開では間に合わない。カミューは重い口を開いた。
「マイクロトフ、実は……おまえに話さねばならないことが……」

 

そのときだった。
カミューの腕に掛けられていた男の手に力がこもった。見遣れば、黒い瞳は寝台に向けて大きく見開かれている。あんぐりと開いた唇が、やがて震える声を吐いた。
「カミュー……おれの目はどうかしているのだろうか……」
幾度も瞬きを繰り返すマイクロトフの目が見詰める先で、寝台に半身を起こしたポーリーンが、声もなく二人を見返していた。

 

 

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皆に困られながら、やっと初登場の青。
さて、この後の青の反応は?

1.攻め(←×。○責め)モードに突入
2.お宮となって(笑)赤に縋りつく
3.クールに『アバヨ』と気取ってみる
4.その他

正解は次回にて。

 

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