の後先 6


ここ数日、赤騎士たちにとって首を捻る日が続いている。
何やら上層部が忙しげに動いているような気がするのだ。もっとも、日常的なつとめは滞りなく為されているし、特にこれといった問題があるわけでもない。
双翼を為す青騎士団は新しい団長を迎える準備に慌しく、ロックアックス城は常とは異なる活気に満ちている。けれど赤騎士団の中枢──それも、第二部隊長以上に限定される──が、その喧騒をぬって何事か重大なつとめを果たしているような気がする部下たちなのだ。
それは常に信奉する騎士団長の行動を追い続けている部下の直感であり、確信だった。しかし疑念を口にするものはいない。上官らが隠匿を志す事柄ならば、穿り出すのは騎士として心無き振舞い。
───赤騎士団は多分にけなげな集団であった。

 

 

そのけなげな一団の中枢である三人は、今日も赤騎士団長執務室において頭を突き合わせて悩んでいた。
「わたしは……わたしには耐えられそうにありません!」
そう言って拳を震わせたのは第二隊長アレンである。
「落ち着け。いったい何があったというのだ」
最近では眉間の縦皺がすっかり顔の一部と化している副長ランドがぐったりした口調で訊く。
赤騎士団長カミューには、朝の目覚めが悪いという特質があった。そのため、騎士隊長らには交代で彼を起こすという重要なつとめが任されている。だが、今回の事態ですべての騎士隊長にその役を振り当てるわけにいかなくなった結果、彼ら三人でつとめを割り振ることになったのだ。そして、今朝はアレンが赤騎士団長私室の扉を開いた。
「騎士として……騎士としてカミュー様に剣を捧げてより今日まで、これほどおいたわしく思ったことはありません。カミュー様は……カミュー様は……」
肩を震わせ、彼は搾り出した。
「床にてお休みだったのですぞ!!!」
これほどの無念はないと言わんばかりに第二隊長が語るには、今朝、いつものように何気なくカミューの部屋の扉を開けた途端、もう少しで何かを踏みそうになった。慌てて飛び退ったところ、それは痛ましくも毛布にくるまった敬愛する赤騎士団長であったのだ。
カミューが言うには、子供とはいえレディをソファで寝かせる訳にはいかない、まして同衾はもっと不可。よって自分がソファを選んだはいいが、この品、先々代の赤騎士団長が求めたもので、華美な装飾を施した高級品だが寝心地は最悪。二晩は我慢したものの、終に耐え切れなくなって床に転がることにしたという顛末だったのだ。
「わたしは……もう少しで、もう少しで忠誠を捧げた御方を踏んでしまうところだったのですぞ! それもこれも、みんなあの娘の所為で……!!」
もはや感情的におさまらないといった様相のアレンに、第一隊長も溜め息をついた。気持ちはわからないでもない。だが、当のカミューといえば───

 

「何ゆえ、カミュー様はあの娘の身元をお調べにならないのでしょう? よもや、お認めになったとも思えないのですが」
真摯に問うたローウェルに、ランドは頷いた。
「……これはわたしの独断だが……カミュー様にはポーリーン殿の身元の察知がついておられるのではないかと……」
「な、何ですと?」
「いや、そこまではゆかずとも……確定した思惑がなければ、とても───」
そこで副長は口を閉ざした。
私生児を名乗る子供が現れる。思い当たる節があるかどうかはさて置き、まずは相手の身元を確かめて真偽を正そうとするのが順当な反応だろう。だが、カミューは少女を手元に置くよう決めた以外、一切の行動を起こしていない。これはあまりに不自然だ。

 

「いずれにせよ、わたしはこれ以上カミュー様の日常が脅かされるには我慢がなりません!」
「元気だな、アレン」
ふと涼やかな声が掛かり、扉を見遣った三人は入室してくるほっそりした姿に威儀を正した。カミューは笑みを浮かべながら第二隊長に軽やかに命じた。
「力が余っているようだな、丁度いい。遣いを頼まれてくれないか?」
言いながら懐から一枚の書状を出して差し出す。
「これをラスタ様にお届けしてくれ。ご在宅ならばその場で返書を。ご不在ならやむを得ない、残してきて欲しい」
「ラスタ様と仰ると……前騎士団長のラスタ様でございますな? お任せください、カミュー様!」
頭を抱えて唸っているよりはマシ、そう判断したのだろう。アレンは喜んで任務に飛び出していった。見送ったカミューは困ったように笑いながら持っていた書類の束を机に置いた。
「やれやれ、これで静かになった」
その横顔には床で転がって眠った疲労は見えない。ここ数日激務に追われていることは確かである。まして少女と慣れない同居の身では精神的にも休まらないだろう───というのが部下たちの見立てだったのだが。
「カミュー様……昨夜は床で休まれたそうですな」
流石に聞き流すことが出来なかった副長が窘めるように口にすると、カミューは軽く肩を竦めた。
「あのソファは高価なばかりで寝心地が悪いんだ」
「……使用目的が違います。お身体を壊しますぞ、代わりのソファを求めましょう」
「必要ない」
あっさりと一蹴して彼は執務机についた。
「経費の無駄だ。まあ……売り払うことについては賛成だけれどね。あのソファひとつで今度の式典に使う武具の半分は買えただろうに」
華美で豪華な見栄えに拘ったかつての騎士団長を苦々しく思いつつ、交換する機会を失っている。カミューは小さな溜め息をついて書類に目を落とした。
「しかし、それでは……」
何の解決にもならない、と続けた副長にカミューは柔らかに呟いた。
「……長引かせるつもりはないさ」
それから頬杖をついて机の前に立つ部下らを一瞥する。
「わたしはおまえたちが案じるほど気疲れしていない。むしろポーリーンの方が問題だ」
「と、仰いますと……?」
「考えてもみるがいい、時折連れ出しているとは言え、閉ざされた空間で時を過ごすのは相当な苦痛に違いない。その件に関しては文句のひとつも言わない気丈な娘だがね」
副長と第一隊長は気楽そうに言ってのける上官に顔を見合わせる。
自らのことよりも少女を案ずる落ち着きぶりから見ても、先刻の説が裏付けられるような気がして、やや安堵する部下たちだ。彼らにしてみればカミューに娘がいたところで何ら忠誠に変わりはないが、やはり釈然としないことは事実である。何処か彼を神聖視しているところは否めない。
「それに……」
そこで初めてカミューは微かに顔を曇らせた。
「それに?」
「……それに、週明けにはマイクロトフが戻ってくる」

 

四日後に迫った新・青騎士団長の休暇明けを思うと、さすがに穏やかならぬものを感じる。自分たち同様、親友ならば如何なることも受け入れるだろう───といいたいところではあるが、倫理と常識の塊のような彼が少女の存在をどう見るか。それは量り難い心理である。二人は考え込んだカミューを気遣うようにそっと声をかけた。
「……きっと理解してくださいましょう」
「いや、そうではなく……」
カミューは呟きかけて、ゆっくりと首を振った。
「……ともかく、それまでには終わらせる」
言い切った口調は、だがどこか脆さを感じさせるものだった。

 

 

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ようやく青の名前が……。
しかし当然のことながら
予定通りに帰っちゃきません(笑)
だって青だもん(内輪受け)

次回でほぼ全体像が読めるかとv

 

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