その日、デュナン北方に位置するマチルダ騎士団にて巨星が陥ちた。
多くの騎士たちに敬愛された青騎士団長の病没。寛容にて誠実、誰よりも誇り高く国を想った指導者の喪失は、やがて騎士団の本質を変容させるに相違ない。それはいずれの騎士の胸にも在る失意であり、予感であった。
城内の中庭にてひとり落涙する若き青年は、失われた存在の重みを誰よりも知る身であった。
ふと、静かな足音に顔を上げる。
「カミュー……う、う……」
見上げた瞳に慕わしい友を得て、青年は新たな涙を溢れさせた。
「そうか、逝ってしまわれたか……ユーリ様……」
美貌の赤騎士団副長はつらそうに眉を寄せて歩を進め、彼の傍らに片膝を折った。慕わしき友の慰撫を感じて、またも青年が言葉を詰まらせたとき、更に背後から尊大な声が呼んだ。
「ここに来ていたか、カミュー、マイクロトフ。たった今、青騎士団長が騎士団を二人に任せると最後の言葉を残して……」
するとマイクロトフはキッと相手を睨み据えた。
「馬鹿な!! みんな……ハイランドがユーリ様に毒を盛ったのだと噂しています。かと思えば後任人事の話ばかり……誰も心の底から悲しんでいるものはいない……」
隣国との限りない闘争の歴史、政治の暗部。才覚ある指導者を葬るのは、敵を内部から揺らがせる最大の策とも言えよう。青騎士団長が病に倒れたときから、その噂は城を席巻していた。
同時に、残されたものたちが次の騎士団長についての様々な憶測に揺れているのも事実である。敬慕する男の死を悼むマイクロトフには、それがあまりにも早い思考の切り替えのように思えて耐え難かったのだ。
「おれたちが騎士になって以来、多くの上官が死んだときも、きっと……」
「そのようなことは───」
「ゴルドー様だってそうです!」
騎士団の最高位階者を糾弾するマイクロトフに、カミューは慌てて袖を引く。
「マイクロトフ……」
「ハイランドの奴等……許せない!」
そう言い捨てるなり、マイクロトフは脱兎の如く中庭を飛び出していった。残された二人は呆然として彼の残像を見詰めるばかりだ。
「あ、あ、あ、あの無礼者は今、何と言ったのだ?」
次第にわなわなと震え出す白騎士団長ゴルドーを宥めるようにカミューは優美に叩頭する。
「申し訳ありません、ゴルドー様。彼は今、敬愛する騎士団長を失って動揺しているのです。どうぞ自室へお戻りください、わたしが諌めて参りますので……」
「うぬっ、……ま、まあいい。あの礼儀知らずにしかと作法を教えてやるがよい、カミュー」
「では、失礼を」
カミューとしても走り去ったマイクロトフが気になる。こんなところでゴルドーごときを相手に会話を重ねる余裕はない。
優雅な仕草で一礼すると、彼は消えたマイクロトフを追い掛け始めた。(← 幾分加筆気味)
ロックアックス城の東棟と西棟を繋ぐ渡り廊下。眼下に中央広場を見下ろす橋状のそこでマイクロトフは更なる悲嘆に項垂れていた。
漸く見つけ当てたカミューが近寄る気配を悟ったのか、彼は押し潰した声で言う。
「騎士団を出よう! こんな争いごとばかりの国を出て自由に生きるんだ。おまえも騎士団長など嫌だと言っているではないか」
(↑そうなのか?! それでいいのか?!)
「自由に……」
カミューの胸に束の間、別の生き方が過ぎった。
マイクロトフと共に騎士団を去り、二人仲良く、笑いながら過ごす平穏。
けれどすぐにその想像は歪んでしまった。
「でも……一度に二人の騎士団長候補を失ったら、このマチルダ騎士団は……? ユーリ様は騎士団を頼む、と……」
すでにマイクロトフよりも騎士団長に近い位階を得ているカミューには容易く役割を放棄することは叶わなかった。彼はひっそりと息を洩らし、懐から煌めく品を出す。
「マイクロトフ……ユーリ様がくださったコインで決めよう。表が出たらおまえの勝ち、裏が出たらわたしの勝ち。好きな道を選ぶ───恨みっこなしだよ、いいね?」
マイクロトフは暫し瞬いたが、彼もまた騎士団の行く末を案じずにはいられなかったのだろう、渋々と頷いた。
カミューは寂しげに笑むなり、コインを握り締めた。
───おまえに自由を。
位階や立場に縛られることなき崇高な魂を、陰謀渦巻く政治の場から解放する。
いずれおまえが戻るときまで、わたしは騎士団を守り抜く。誇り高き武力集団として確立してみせる───
「いくぞ、……そーら!」(← 赤っぽくねえ!! けど外せない!)
重厚な趣の城の天井高く、小さなコインは舞い上がっていった。
「そして……おまえは自由を選んだ」
大戦を終えて、一度は崩壊したマチルダ騎士団が立て直されて数ヶ月目の夜である。二人は懐かしきロックアックス城の騎士団長の間に設えられた二つの椅子に隣り合って座っていた。
両面表のイカサマコインとも知らず、表を引き当てて騎士団を去ったマイクロトフは、その後鍛錬に鍛錬を重ねた後に新同盟軍の指導者の許に身を寄せた。
一方のカミューはゴルドーの支配下で堕落した騎士団を見限り、自らを慕う騎士を引き連れて、やはり新同盟軍に身を投じた。
そこで再会した二人は手を携えて誇り在る戦いに臨み、今はこうして懐かしい古巣で微笑みを交わすのである。
「……あの青臭かったおまえがこんなに見事な男になるとはね」
「カミューこそ、騎士団長が板についているぞ」
「マイクロトフ……わたしは……ユーリ様が恥じないような騎士団長かい?」
不意に洩れた響きにマイクロトフは明るく笑う。
「きっとユーリ様はあの世で鼻高々さ」
「…………長かったね」
「───長かったな」
さながら秘密を遣り取りするような密やかな響き。やがてカミューが含み笑う。
「二人ともオトナになってしまったところで……一発(激注:ホントは一杯)やるか。来いよ」
「うむ!! 行くぞっ、カミュー!!!!!!」
暗転。
CAST
カミュー
as
EDGER RONI FIGARO
マイクロトフ
as
MASH RENE FIGARO
「おれはカミューに騎士団を押し付けた訳ではないぞ。カミューは騎士団を支える。おれはそのカミューを支える。だからおれは強くなろうとしたんだ」
ゴルドー
as
神官長(ばあや)(←……)
終劇