愛が試されるとき・9 ──淫獣の囚われ人──


 

狂気は朝日の到来と共に終わった。
淫獣が抜け落ちた瞬間、マイクロトフはまだカミューの体内に残されていた。
もはや目も当てられないほどに傷つき果てた秘所から、それでも慎重に自身を引き抜いて、マイクロトフは苦悶のうめきを上げた。
「う………………おおおおおおお!!!!!!」
そのまま頭部を幾度も壁に打ちつけた。額が割れて血が流れ落ちても、やめようとはしなかった。
────足りない。
こんなものではとても足りない。自分の身体がカミューに与えた痛み、苦しみはどんなことをしても消してやれない────
彼は真紅に染まった顔でカミューに向き直り、今更のようにはっとして身を屈めた。カミューの白い顔はとても生きているように見えないほど無残にも美しかったのだ。
怯えながら喉の一点を探り、そこに弱いながらも脈があるのを確かめると、マイクロトフはまたも涙を溢れさせた。
血と涙に濡れたまま、彼は必死に考える。
四百年前、ハルモニアの神官は淫獣を封印した。ということは、魔獣は無敵ではないのだ。封印し直すことが出来ればカミューを救える。ルックに頼ろうとしたカミューは正しいのだ。
ビクトールたちは戻っただろうか?
あまり時間がない。次に自分が支配される前に、何としても奴を消す方法を見つけねばならない。
改めて見下ろしたカミューは壊された人形のようだった。確実に細くなった全身には、悲惨な凌辱の跡がこびりついている。
殊に下肢が酷い。シーツは変色し始めた血に汚れ、いったいどうしたらこれほど出血するのかと思われるほどの様相を呈している。淫獣の言葉通り、回復の術を受けていなかったら、これだけでも死に至るはずだ。
手当てをしてやりたいが、マイクロトフには回復の材料がなかった。そのままにしておきたくはないが、素人が下手に触れるのも躊躇われるほどの惨状だ。
医師を呼ぼうと立ち上がりかけたが、慌てて思い直した。これ以上、他人の目に今のカミューを曝すことは出来ない。
ルックはやむを得ぬだろう。これから力を貸してもらわねばならない人間だ。カミューも納得してくれるだろう。そうだ、彼に回復魔法をかけてもらうのが一番いい────

決意してからのマイクロトフは誰よりも行動が早い。
意識を失くしたカミューの身体に、そっと自らの騎士服の上着を掛けた。彼の上着は丈が長い。これならば足元まで隠してやれる。同時に、傷ついたカミューの心を癒せるかもしれない。自分の精神が、騎士の魂が彼を安らがせてやれるかもしれない……。
汗と、マイクロトフの落とした涙でしっとりと濡れている前髪を静かに掻き上げ、形良い額にくちづけた。

最後の言葉はカミューに届いただろうか?
「カミュー…………必ずおまえを助けるぞ」
マイクロトフは部屋を飛び出した。

 

 

 

「もう散々だよ! あんたが城に飛んだのは昨日の昼、戻ってきたのは次の朝ってのはどういう訳さ?!」
「……るせーな、おれの所為じゃねえよ。ビッキーの奴がテレポートをしくじりやがってラダトの道具屋に飛ばされた! 怪しい奴、って散々責められて、事情を話して納得してもらうのに半日かかった────って何べん説明すりゃいいんだ!!」
「『またたきの手鏡』を持ってるんだから、さっさと逃げてくればいいじゃないか!」
「おまえなー……仮にも同盟軍に籍を置いた戦士として、みっともねえ真似が出来るか、っての!!」
「────おれもルックの意見に賛成だな。事情は後で説明出来るが、フリード・Yは気の毒にずっと転がって待っていたんだぞ」
「う…………、そ、それは…………悪かったよ、フリード。おまえのことを考えなかった訳じゃなかったんだが…………」
「いいえ! ビクトール殿の仰る通りです、はい!! 我々はどんなことがあっても同盟軍の名を汚してはならないと思います! わたしも昨夜には全開致しましたし」
一番割を食ったはずのフリード・Yの健気な言葉に、一同は溜め息をついた。だいたい、ビクトールが行くこと自体が間違っていたような気がする。結局『優しさの流れ』の札は何の役にも立たずに終わってしまったし、ヨシノは心痛のあまり倒れてしまった。元気に妻を背負って本拠地への帰還を果たしたフリード・Yひとりが、いつもと変わらない笑顔である。
「いいじゃありませんか!! こうして無事に戻って来れましたし、風の洞窟周辺のモンスターは一掃出来ましたし! ええ、皆さんにご迷惑をお掛けしたことは申し訳ないと存じますが、わたしが思うに────」
「あ、ああ。とにかく良かった。ヨシノをゆっくり休ませてやれよ」
放っておいたらいつまでも続きそうなフリード・Yの台詞を、フリックが柔らかく止めた。
「では、失礼致します、はい!!」
いそいそと宿屋の方へ向かう男を見送り、ビクトールは苦笑した。
「……ったく、元気な奴だぜ。さっきまではヒィヒィ唸っていたくせに」
「────昨日の夜まで、だよ」
苛立ちを隠そうともせずに訂正してすたすたと歩く少年に、フリックが声を掛けた。
「ルック────昨日から思っていたんだが、何か気になることでもあるのか?」
ルックは意外そうに振り返り、くすりと笑った。
「やっぱりクマよりはあんたの方が数段マシだね」
「ク、クマたぁ何だ、クマたぁ!!」
「……煩いよ────嫌な感じがするんだ」
「嫌な…………?」
「もしかしたら、あんたたちが持ってきた、あの────」
言い掛けたルックが立ち止まる。前方から突進してくる大男にぎょっとしたからだ。男はルックの姿を認めた途端、ホール中に響き渡る大声で喚いた。
「ルック────ルック殿!!!!」
「……マイクロトフ────」
少年に並んだフリックが唖然とした調子で呟く。
「何だ? いつもにも増して凄い勢いだな」
「────どうしたんだ、あのツラ……カミューに引っ掛かれでもしたかな?」
ビクトールも呆気に取られている。ルックは己の嫌な予感が的中したような気がした。本人を吹っ飛ばす勢いで走り寄ったマイクロトフが、息を切らせている間に詰問した。
「────カミューだね」
ぎくりとしたマイクロトフは、胸を押さえたまま硬直する。
「やっぱりそうだ。彼に何かあったんだね?」
「き────来てくれ、ルック殿…………か、回復魔法が必要なのだ」
声を荒げる少年の横からビクトールが割り込んだ。
「回復魔法だと? そいつは全部使い切ってるって言ったろ? おれが昼間の札を持っているが……」
「札────」
束の間躊躇したマイクロトフだが、すぐに頷いた。
ビクトール、そしてフリック。あの封印球の存在を知る人間。この二人ならば信頼出来る。たとえ何を見ても、どんなことがあっても協力してくれる男たちだ。
「一緒に来てくれ、三人とも! 頼む────カミューを救うのに力を貸してくれ!!」
否はなかった。
彼の形相、そして切れた額から流れている鮮血。ただならぬ事態に陥っていることは一目瞭然だ。
身を翻したマイクロトフを追い、三人は一斉に走り出した。

 

扉を開ける前に、マイクロトフは一度だけ三人を振り返った。苦痛を堪えるように眉を寄せ、息を飲み込んだ。
「────頼みがある。何を見ても、決してカミューを軽蔑しないでやってくれ。何もかもおれの所為だ、悪いのはおれなのだ。彼を見る目を変えないでくれ……」
三人は顔を見合わせた。マイクロトフの悲壮な様子はともかく、彼らには仲間を軽蔑したり見捨てることが出来るはずがない。性格の悪い、ついでに口も最悪なルックでさえ。
「────当然だろ、マイクロトフ」
フリックが笑った。
「おれたちは仲間だ。ここに集った百八星、みんな仲間なんだぜ?」
「そうともよ。つまんねー気を回すな」
「くだらないことを言ってないで、早く」
勇気づけられてマイクロトフは扉を開けた。だが、そこには三人の想像を超える光景が待っていた。
青い騎士服を掛けられただけで、死んだようにベッドに横たわる青年。その頬には血の気がなく、騎士服からはみ出した素足の至るところに乾いた血がこびりついている。
「……これは────」
そうした方面にはあまり知識のないルックでさえ、そこに性的な暴力を認めざるを得なかった。
「誰がいったい────こんな…………」
札を使うために歩み寄り、恐る恐る上着を取り上げたビクトールは、その下に隠されていた惨状に顔をしかめた。
「酷え…………何だって…………」
鬱血、掻き傷、裂傷────首筋に残る痣は指の形をしている。
何と言っても下肢を染める大量の血には吐き気がした。
誇り高く誰よりも優美な青年を、ここまで完膚なきまでに破壊し尽くしたのは悪魔の仕業としか思えない。
「マイクロトフ────いったい誰がこんな真似を!!」
青褪めたフリックがマイクロトフの腕を掴んだ。だが、男は静かに俯いた。
「────……おれだ」
「な、何ィ?!」
「おれが────この手でカミューを…………」
三人は一斉に彼を凝視した。
「う……そだろう……?」
「おまえがそんなことをする訳が────」
「────本当だ。おれがこの手でカミューを────犯した」
「あんた…………ッ!」
珍しく感情を露にして掴み掛かるルックの手を甘んじて受け、マイクロトフはきつく目を閉じた。
「……待てよ、まず回復が先だ」
ひとり冷静に諭したフリックに、慌ててビクトールが頷いた。『優しさのしずく』札を、念入りに二度使う。カミューの顔色に微かに赤味が戻り、夥しい傷も消えていった。
「取り敢えず、こんなものか────」
ビクトールが呟くと、ルックが口を開いた。
「……後でぼくが水の紋章を宿してくるよ。あんたの回復はあてにならない」
「おまえなー……札は誰が使っても同じだっての」
二人が言い合う間に、フリックが痛ましげにカミューを見下ろしながら、丁寧に身体を清め、夜着を取り出して包んでやった。それから促すようにマイクロトフを見る。
「────さあ、聞かせてくれ」

そうしてマイクロトフは長い苦悩の物語を始めたのである。

 

 

話し終えるなり、それまで眉を寄せて無言だったビクトールが語気も荒く立ち上がって唸った。
「くそったれ!! 何てこった、おれたちはそんなものをおまえらに勧めちまったのか!!」
そして深々と頭を下げる。
「すまん、マイクロトフ……謝って済むことじゃねぇが……」
「いや、あなた方は好意でしてくれたことだ。それはおれたちも分かっている。どうか、気に病むのはやめてくれ」
「……そうだね、済んだことを言っても仕方ない。これからどうするか、だよ」
ルックが難しい表情で切り出した。
「残念だけど、ぼくにはハルモニアの神官たちがどうやってそいつを封印したのかわからない」
希望を断ち切られ青褪めたマイクロトフだが、ルックは首を振った。
「まあ、待ってよ。考えがないこともない」
「ど、どんなだ? おい、さっさと言えよ」
勢い込むビクトールに冷たい一瞥を送り、彼は説明し始めた。
「そいつはあんたの身体に取り憑いている。だけど、まだ完全と言うわけじゃないんだよね?」
「ああ……だが、どんどん時間が長くなっているらしい。昨夜は日の入りの直後だったし……」
同時に開始された忌まわしい行為の数々を思い出して、マイクロトフの口調は重い。
「だけど今はまったく隠れている────封印を解いたとき、霧みたいなものに包まれた、って言ったね。なら、そいつが淫獣の本体だった訳だ」
「……煙みたいな奴を、どうやって退治すりゃいいんだ? 第一、マイクロトフの身体なわけだろう? こいつが傷つけば、今度は傍にいるおれたちの誰かに取り憑けば済むってことだし……」
「うるさいな、口を挟まないでよ」
ビクトールを睨み付けて少年は続ける。
「まず、あんたと淫獣を切り離さなけりゃならない。それには、カーンの力が必要だ」
「カーンの?」
フリックが怪訝そうに首を傾げたが、ビクトールは弾かれたように掌を打った。
「そうか……カーンの結界か!!」
「あたり」
ルックは頷いて、説明を求める顔つきのマイクロトフに向き直った。
「カーンは魔を封じ込める特殊な結界の技を持っている。普通の人間はそこを抜けることができるけど、淫獣は閉じ込められることになる」
「カーンの張った結界にマイクロトフごと淫獣を追い込んで、それからマイクロトフの身体を引き摺り出せば、淫獣だけが残されるってことか」
フリックが丁寧に復習った。
「勿論、簡単にはいかないよ。そのときにはマイクロトフの意識はないわけだし、話から推測して、普通じゃない力で暴れられたら引き出すのだって容易じゃない」
「ああ、確かに…………だが、おれに任せろ!! 力なら負けないさ」
頼もしく胸を叩いたビクトールに、ルックは疑わしそうな視線を向けただけだった。出来るだけカミューの姿を大勢に曝さないようにとの希望はあったが、これだけは必要な人員だとマイクロトフは自分を納得させた。
すぐにカーンが呼ばれた。バンパイア・ハンターだったこの男は、再度語られた話に憤慨した。憤りも露に強く宣言する。
「何て外道だ!! わかりました、勿論協力させてもらいますよ」
それからつらそうに、眠るカミューを見る。
「可哀想に……一人で戦おうとするなど無謀だった。だが、そうするしかないまでに追い詰めた魔物は最低だ、許せない」
マイクロトフは項垂れたまま、ほろりとした。こうして事実を曲げることなくしっかりと受け止めてくれる人間が心からありがたかった。
「それで、カーン……その結界はすぐに張れるものなのか?」
「いや、そうではありません。結界はその魔物の魔力に合わせて組み上げるものです。ネクロードのときにも時間を稼いでもらったでしょう?」
「ああ……そうだったな」
「ネクロードはわたしも幾度か対峙したことがあったので、あらかじめ結界の準備をしておくことが出来ました。しかし、今回のように初めての相手で、相当な大物ともなると……かなりの時間が必要です」
「そうなると、マイクロトフが淫獣に支配されてからもしばらく動けない状態に置いておかねばならないということか……」
慎重に呟いたフリックに、カーンは頷いた。
「出来るだけ急ぎますし、行動範囲に余裕ももたせますが……マイクロトフさんを固定することが望ましい。こんなことを言うのは心苦しいが……広い場所の真中にでも、柱を立てて縛り上げておく、とか……」
「構わない」
マイクロトフはきっぱり答えた。
「カミューを助けるためなら、おれは何でもやる」
「なら、道場はどうだ? 端に柱が立っている。そこにマイクロトフを縛り付けて、道場の半分に結界を張るというのは?」
フリックの提案に、カーンは顔を輝かせた。
「それがいい! ええ、あそこは城の中で一番隔離された場所にあるし、万が一の時も他の仲間に危害が及ばないように出来る」
「念の為、城の西半分の住人を退避させておこうぜ。なーに、アダリーの奴が妙な実験でもするとか何とか、理由はつけられるさ」
「そうだな。もし淫獣が抵抗しやがったら、力づくでも止める。そのときはマイクロトフ……少し気が重いが、おまえに剣を向けるぜ」
「ああ、やってくれ。出来れば殺さない程度に」
「勿論さ!! カミューに恨まれるのはたまんねえからなあ」
ビクトールが笑いながら断言した。
「それで? 淫獣を切り離してからどうするんだ? 敵さんは実体のない化け物だ。切り刻むことも出来ねえぞ」
「わかってるよ、そんなこと。フリック、あんたは結構魔力が強い。『旋風の紋章』を宿しておいてよ」
「旋風……?」
「今、ぼくが宿しているから後で渡すよ。淫獣の本体が結界に取り残されたところで、ぼくが『蒼き門の紋章』を使う」
「あの召還魔法か? 効き目があるのか?」
怪訝そうなフリックに、ルックは即座に首を振る。
「効果なんてどうでもいいんだよ。あれは空虚の世界の住人を呼び出す魔法だ。召還獣が現れると同時に、あんたが風の魔法を使う。召還獣が空虚の世界に戻るとき、一緒に吹き飛ばしてやるのさ。淫獣は空虚の世界から出られない。封印したのと同じことになるだろう?」
「…………そうか!!」
感激したようにカーンは叫んだ。その目は少年を見る目ではない。強力な魔法使いを称える眼差しだった。フリックも同様に頷いた。
「いいぞ、ルック! それはいける!」
「……だがよ、次にまた誰かが『蒼い門の紋章』を使ったらどうなるんだ? 出てきちまうんじゃないか?」
「最後まで聞きなよ、クマ」
「だ、誰がクマ………………」
「前にレックナート様にお聞きしたことがある。この世界と空虚の世界はまったく異質の構成を成しているから、召還獣は異世界の結界の中から攻撃をする、とね。つまり、互いの世界では生存することができないってことさ。それに、あの紋章は額にしか宿せないんだからね。相当の魔力を持った人間にしか使えない魔法ってことだ。万一淫獣が生き延びて呼び出されても、何とかすればいいんじゃない?」
最後の台詞は少々無責任にも取れるルックらしい発言だったが、一同には説得力のある言葉だった。確かに、淫獣が空虚の世界に耐え切れず、消滅する可能性は高い。
「────それしかないな。ともかく今は、カミューとマイクロトフを救うことを第一に考えよう。何処かで淫獣が暴れ出したって噂を聞いたら、おれたちが責任を取って戦いに行けばいい」
フリックの言葉は一同の意見だった。一斉に彼らの目がカミューに注がれる。あの誇り高く、華麗な剣技をもって戦いを走り抜けた青年が、忌まわしい欲望に傷つけられ、いずれは衰弱して死んでいくかもしれないのだ。それを思えば、不確かな未来を案じている余裕はない。
ルックはベッドに歩み寄るとカミューの様子を覗き込んだ。そんな少年を、ビクトールが揶揄する。
「おまえにしちゃ、珍しく熱いじゃねえか。おれは感動したぜ」
「…………ふん。ぼくは結構彼が気に入ってるんだよ」
つんと澄まして少年は答えた。
「この城には珍しい知性派だし、礼儀作法も誰かさんと違ってちゃんとしてるし。物腰だって丁寧で、粗野じゃないしね」
「……誰のことを言ってるんだ、てめえ」
苦笑してビクトールは肩を竦めた。口も性格も最悪だが、ルックが他人を見捨てられるほど冷め切った人間でないことは、この城にいることが証明している。
「────ぼくは彼に相談を受けたんだ。助ける義務がある」
「何だとお?! いつ!!」
「あんたに風の洞窟に連れて行かれる前だよ! だから散々早く帰ろうって言ったのに!」
「……ああ、カミューも言っていた。生憎、話すことが出来なかった、と……」
マイクロトフが頷くと、いよいよビクトールは頭を抱え込んだ。
「くっそー!!! そいつもおれの所為か! すまん、カミュー……こうなったら、何が何でも助けるからな! それで勘弁してくれッッ」
大声で喚いたとき、その声に誘われたようにカミューが身じろいだ。
「あ、ちょっと…………」
ルックの調子に、一同が慌てて寄った。苦しげに眉を寄せるカミューが、ゆっくりと目を開く。視線が定まらず虚ろなままだが、それでも意識を回復したことがマイクロトフを震わせた。
「カミュー…………」
「待て、マイクロトフ。おまえはちょっと下がっていろよ」
フリックがあくまで冷静に囁いて、マイクロトフを押しやった。
「何故!」
「……考えてもみろ、カミューが意識を失くす寸前のことを────取り敢えず、最初に見るのがおまえでない方がいい」
その指摘に激しく傷ついたマイクロトフだが、正しいとも思われた。カミューが彼の顔を見て、どんな衝撃を受けるかわからない。不承不承マイクロトフは退いた。
代表する形でフリックがベッドに屈み込んだ。
「カミュー…………?」
ぼんやりと宙をさ迷う視線が、何とか声の方を向こうとしているようではあった。だが、顔はフリックを捉えたが、視線は遠くに飛んでいるようだった。
「カミュー、わかるか? フリックだ────もう大丈夫だぞ、必ず助けてやるからな、心配しなくていい」
静かに優しく囁くが、カミューから反応が返らない。フリックは眉を寄せて一同を振り返った。たまらなくなったビクトールが、止めるルックを振り切って叫んだ。
「カミュー!! おい、気を確かに持て! おれたちがわかるだろう? わかるよな!!」
だが、カミューは虚ろな表情のまま、大声に怯えたように身を竦ませただけだった。
「どうしたってんだ、いったい…………?」
「……どうやら意識を塞いでしまったようですね……」
痛ましげにカーンが呟く。驚いたマイクロトフは彼に詰め寄った。
「塞いだ? 意識を塞いだとは、どういうことだ?」
「人は極度の苦痛やつらい思いをしたときに、そこから逃れるために自分で意識を閉じてしまうことがあるんですよ。外からの攻撃を受けても何も感じないように……これ以上傷つかないための本能的な防御です」
「────そうみたいだね。カミューにはぼくらの声が届かない。自分だけの世界に閉じ篭ったんだ。……よほど苦しかったんだろうね」
「お、おれがカミューを…………」
「……別に、肉体に受けた苦痛だけがそうする訳じゃありませんよ。話からして……おそらく彼は、あなたの目の前で穢されたことがショックだったのでしょう」
カーンが労わるように言い募る。それでもマイクロトフには自分がカミューを追い込んだとしか思えなかった。
「口が…………」
「え?」
「昨夜、カミューはまともに話せなかったんだ……声がうまく出ないみたいに…………」
「それも同様の症状のひとつでしょうね。ほら────以前、ここに小さな女の子が居たと聞いてます。ハイランド皇王に懐いていたという……」
「ピリカだね。ああ、あの子は戦争のショックで口が聞けなくなったんだっけ……」
思い出したようにルックが頷いた。
「……似てるね。カミューの場合はそれをもう一段階上回っちゃってるけど」
「────大丈夫ですよ、マイクロトフさん。淫獣を滅ぼして、あなたが傍に居れば……必ず元に戻りますよ」
すでに一同は二人の関係を察していた。だが、敢えて指摘するものはいない。これほど激しい絆の欠片を垣間見て、野暮なことをいう男たちではないのだ。
「じゃあ……準備しよう。フリックはぼくと紋章師の店、カーンは道場で結界を張る位置を確認して。マイクロトフは剣をどっかに置いて、太い縄でも探してきて。あんたを縛るんだからね、そこを忘れないでよ」
仕切ったルックは真っ先に部屋を出て行こうとした。ただ一人、何の指令も貰えなかったビクトールが慌てて追い縋る。
「おい、おれは? おれは何をすりゃいいんだよ?」
「そうだね────あんたは」 ルックは面倒臭そうに付け加えた。 「ハイ・ヨーに消化のいいものでも作ってもらって、カミューに食べさせてやったら? 体力を戻さないことには、どうにもならないからね」

 

 

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救済ファイブ(マジでヘンな名前・笑)
最後の一人はカーンさんでした!!
こういう敵なんで、あっさりあたるだろうと思ったら、
何故かササかまぼこ君説が有力でしたね〜(笑)
トニーはなかろう……師匠ったら(爆笑)

さて、オーちゃんバナー作成者様
めぐみ様とのメールの一部。
『頭ゴツゴツの青』について────

「癖ですか?」
「癖です」

次回はポエマー青が炸裂します!
その手の(笑)ザルレベルを上げておいてください〜。

 

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