愛が試されるとき・7 ──淫獣の囚われ人──
目が覚めても、しばらく何も考えられなかった。
それほど憔悴していたし、また、考えたくなかったのだ。
部屋は明るく、そこに絶望の影はない。だが、ひとたび夜が来れば、また踏み躙られて無力に喘ぐ供物とされるのだ────
どうやら限界を超えたのは確かだった。意志と行動が噛み合わなくなった。淫獣を憎み呪いながら、昨夜その腕は獣を抱き締めたのだ。
たとえそれがマイクロトフの身体だったとしても、確実に不義に等しい────それを認めるのは耐え難い苦悶であったけれど。
これ以上は無理だ。
一人ではもう、どうすることも出来ない。頼ろうとした少年が戻らぬ以上、出来れば知らせずに解決したかったが、やはりマイクロトフにすべてを打ち明けるしかないのかもしれない。
だが、いったいどう説明すればいいのだろう。
────思考がひどく鈍くなっている。得体の知れない重圧が圧し掛かっているようで、まったく考えが纏まらない……。
このままでは駄目だ。
もはや一日でも早く彼を元に戻さねば、その前に自分が壊れてしまうだろう。
……いや、すでに壊れかかっているのかもしれない。マイクロトフを訪ねようと決意しても、身体がまったく動こうとしないのだから。「カミュー、起きているか────?」
扉の向こうで声がする。質の悪い白昼夢のように、昨夜とまったく似たような調子で掛かった声。それは今、彼が訪ねようと考えた男のものだ。
決して聞き誤ることなどないと信じていた唯一の声。
如何なるときにおいてもその声だけは、と自負していた。
だが、昨夜はそれを誤った。汚らわしい魔物の模倣にまんまと騙された。
これから先、どうやってマイクロトフをマイクロトフと判別すればいいのか。
声か、顔か、それとも何か別の手段か────「まだ眠っているのか…………」
「…………起きているよ」
叫び疲れて掠れた声で答えると、おずおず顔を覗かせたマイクロトフが、ぎょっとしたように飛び込んできた。
「どうした、大丈夫か?! 酷い顔色だぞ」
「────ああ、何でもない…………ドアを…………」
勢い込んで開け放しになっていた扉を閉めに行ったマイクロトフは、少し考えてから鍵を掛けた。
のろのろと半身を起こして、その行為をぼんやり見守り、いつまで昼のマイクロトフでいてくれるのだろうと漠然と思う。
「今日も体調が悪いのか────食事も取らずに」
微かに責める口調で言うと、彼は椅子をベッドに寄せて腰を下ろす。眼差しは、悲痛なまでにカミューを案じる男の心境を如実に現している。────駄目だ。
もう見分けがつかない。愕然としてカミューは思った。昨夜あっさり騙されただけに、次には何としても判別しようと用心しているのだが、このマイクロトフは淫獣の模倣したマイクロトフと寸分違わぬ男である。無言でいると、マイクロトフは俯いた。
「……おまえがそんな状態のときに……すまないとは思うのだが……、おれの話を聞いてくれるか────?」
上目遣いにカミューを窺い、やや心細げに彼の同意を待つ様子は、カミューの愛するマイクロトフだ。
「────ずっと言えなかったが……おれも……少し変なんだ……」
マイクロトフは片手で頭を掻き毟る。
「夜になると、まるで記憶がないほど熟睡してしまう……いや、ただ寝ているだけなら別に問題はないんだが…………いつ眠ったのか、ベッドに入ったことも覚えていない」────昨夜の繰り返しだ。
これは夢なのだろうか? それとも、昨夜のあれが夢なのか────
カミューは痛む頭を励まして、話に集中しようと努める。「おれの場合、身体の具合が悪いという訳ではない。昼間モンスター退治に行っても、快調だ。こう──……力が湧き出るとでもいうか…………その反動で夜になると火が消えたみたいになるのか、とも最初は思ったが────」
ちらりとカミューを見詰め、それからやや頬を染めて立ち上がった。微かに戦くカミューの横、ベッドの隙間に腰掛けて真剣な表情で囁いた。
「カミュー…………おれはもう、幾晩もおまえに触れていない────」
びくりと震えるカミューに気づかず、大きな手で肩を抱いて軽く引き寄せる。そのままコツンと額を合わせた。
「……何故だろう。おまえを抱き締めずにいられる訳がないのに……。こんなのがあの紋章の力なら、おれはいらない。カミュー……おれは……」
「……………………」
「まるでシドの『寝起きの紋章』だな──。だが、おれにはこの温かさの方がずっと大切だ。今日中に紋章師の店に行って、紋章を外そうと思っている」
それは無理だと言い掛けた唇を、不器用なくちづけが覆った。普段に比べれば穏やかな、だがぎごちなさは紛れもなくマイクロトフのくちづけ。
「だが────その前に」
マイクロトフは優しくカミューの髪を払った。
「少しだけ…………少しでいい、おまえに触れさせてくれ。昼間から、と怒るかもしれないが────おまえの具合も分かっている。ただ……こうしておまえに触れていたい……」
無骨な指が頬から喉へと滑った。今のカミューにはそれが快感なのか嫌悪なのかも判別出来なかった。また欺かれるのではないか、もっと手酷く傷つけられるのではないかと怯える子供の眼差しでマイクロトフを見詰めるばかりだ。
どちらにしても、好きにさせるしかなかった。淫獣ならばどのみち犯されるだろうし、マイクロトフならば拒めば怪訝に思うだろう。
『触れるだけ』という言葉、本物のマイクロトフならば守ってくれるだろう……。
静かに目を閉じると、さっきよりは幾分情熱を込めたくちづけが落とされた。一旦唇を離してから、マイクロトフは常になく穏やかにカミューの襟を寛げていく。くちづけながら衣服を剥がすような器用な真似の出来ない男の行動。
やはりこれはマイクロトフなのか────
そっとベッドに横たえられ、カミューは虚ろにそう思う。
だが、万一淫獣なら? 自分はこれまで何をもってマイクロトフをマイクロトフだと見分けてきたのだろう…………?
優しい笑顔、力強い瞳、口下手な睦言、融通の利かない要求。
以前は確実に恋人を捉えていると信じていたが、今は自信がない。
それこそが淫獣の意図する心の崩壊の序章であることを彼は知り得なかった。ふと、男の手が止まった。広げられた衣服の中、白くすべらかな肌の上に無数に散らされた薄赤い跡。隠しようのない情事の痕跡だった。
マイクロトフは愕然として上着をすべて開いた。鎖骨のあたりから腹部までも、覚えのないくちづけの跡が転々と散らばっている。
両手が震え出した。目にしたものが信じられぬまま見遣ったカミューは虚ろな視線を天井に向けている。
「……これは………………どうしたんだ、カミュー」
低く押さえた声が、虚無に飲まれ掛けていたカミューをかろうじて引き上げた。が、問われるままにぼんやりと男の視線に合わせて頭を持ち上げた途端、悲鳴が口を吐きそうになった。
これまで幾度暴行を受けても、朝になると痕跡は消されていた。殴られた跡も、食い破られるほどの鬱血も、幻のように失われてきた。だからこそ医師に診察されても何の異常も発見されなかったし、マイクロトフの横で着替えても何の支障もなかったのだ。
だが、昨夜の執拗な愛撫の跡を、今回に限って淫獣は残した。おそらくはマイクロトフが近々こうしてカミューに触れずにいられなくなることを見越した上で、謀略を巡らせていたのだろう。
「────誰だ」
押し殺した呟きは怒りのしるし。
彼が心底怒り狂ったときには、むしろ感情が欠落して見えるようになる。カミューも幾度かそれを見てきた。そのいずれもが、カミューを傷つけるものや二人の関係を脅かす状況にのみ発揮されてきたのだ。
「誰にやられた、この城の人間か!! おまえがずっと悩んでいたのはこのことなのか、カミュー!!」
「ち、違う」
今にも飛び出して行って凌辱者を探し回りかねない勢いに、カミューは必死に男の腕を掴んだ。
「何が違うんだ、誰がおまえを────! でなければ、こんな……っ」
「違う、違うんだマイクロトフ」
どうやって切り出せばいいのか煩悶する恋人の姿に、一瞬早くマイクロトフが別の答えを生み出してしまった。
「無理矢理…………では、ないのか────?」
「え?」
自らの導き出した答えに、マイクロトフは打ちのめされた。
ならば、ここのところずっとカミューが自分を避け続けていた理由にもなる。
「他の誰かを…………おまえが望んだのか────」
今度はカミューが愕然とする番だ。
どうしてそういうことになってしまうのだろう。
「そうではない、聞いてくれ!」
「聞こうとした!!」
マイクロトフは激しく叫んで立ち上がった。
「おれはずっと聞こうとしてきた! 知らないとは言わせないぞ。幾度も聞いた、何があった、どうしたんだ、と。話してくれ、何を悩んでいると…………なのに、今更────」
「マイクロトフ、頼む……」
「おれは────おれは!!」
彼は絶句して身を翻した。青い騎士服が舞い上がり、そのまま鍵をこじ開けて部屋から飛び出していく。
「待ってくれ、マイクロトフ!」
追い掛けねばと焦り、衣服を手繰り寄せたカミューだったが、如何せん体調は最悪で足元がふらついた。その場にひとたび崩れ落ち、膝を起こしたときには視界から男の影は消えていた。
何も考えられないほど呆然としていた。
────何処を間違えたのだろう。
誰に犯されたのかと問われたときに、おまえだと答えるべきだったのか。
否、おまえの身体を使っている魔獣だと、か────
それはひどく滑稽な響きだ。自身の中に魔を宿した男、しかもその存在は見事に隠匿されているのだから。
カミューにとて未だに信じ難い現実なのに、ましてあの融通の利かない男が、我が身に棲む魔物の存在など容易に認められるはずがない。
それでも────
何としてもこのままではいけない。生じた誤解を解かねば、自分も彼も耐えられない。信じるか否かは二の次だ、ともかく事情を解くことから始めねば、もはや何処にも進めない。
カミューは必死に身体に力を入れようともがいたが、意志に背いて足は震えるばかりだった。少しだけ休んだら────そうも考えたが、即座に首を振る。その間に彼は城から去ってしまうかもしれない。
カミューの裏切りという誤解に傷つけば、自暴自棄に陥らないとも言えない男だ。彼が自らを傷つける前に、何としても探し出さねばならない。
彼はよろめく身体を叱咤して、壁を伝うように歩き出した。
マイクロトフは混乱していた。
悲憤と疑念、そして怒りが脳裏を荒らし回っている。
元来自分が悩むことを苦手にしているのはわかっている。あれこれ考えようにも、まったく無駄なのだ。そんな自分が今日まで来れたのも、常に傍らで深い思慮を示してくれる存在があったからだと思っている。
もう幾日もカミューが苦しんでいるのは知っていた。それを打ち明けてくれないのをもどかしく思ってきた。だが、恋人はそうした人間なのだ。思考で生きていて、理性に縛られている。
それは一面では巧みな世渡りとなり、すべらかな論舌となり、カミューを守ってきた。だが、こと自分の感情となると、途端に彼は不器用になる。
愛しい男は、愛にだけは怯えた子供のようになる────
以前、一度だけ彼がマイクロトフから去ろうとしたことがあった。その理由には、未だにマイクロトフには理解し難いものがある。だが、おおよそはマイクロトフを守ろうとした気持ちから出たものが大きく、彼が自分を守るために自らを傷つけることを躊躇わないという事実を理解した。
そのときに初めて曝された恋人の脆く弱い素顔、頑なな誇りに隠された無垢な魂を知り、こういう男だったのだと庇護欲を掻き立てられたものだった。
その後も彼の本質はあまり変わらない。問題を一人で抱え込み、見えない鎧と盾で武装している。そんなカミューが愛しくもあり、切なくもあった。
彼を訪ねたのには二つ理由があった。
ひとつは勿論、カミューの変化を見定めること。そしてもう一つは語った通り、自らの異変を伝えることだ。
見るからに具合の悪そうなカミューに比べれば、夜間の記憶のないことくらいは異変とも呼べないかもしれない。けれど、肌を寄せ合って過ごす時間が失われたことは事実だし、何よりカミューを孤独に置き去りにすることは耐えられなかった。
夜の訪いを受けるたび、カミューは苦笑して彼を迎えてきた。
身体を求めれば、どうしようもないという表情で応じる。
だが不承不承を装いながら、彼がその時間を大切に思っていることは明らかだった。
数え切れないほどの夜を過ごしながら、未だ慣れ切ることが出来ず、苦痛と陶酔を浮かべながら腕の中で身悶える愛しい人。
燃えるように熱い身体を抱き締め、魂ごと貪り尽くす夜。
マイクロトフにとっても至福のときであり、絶対に譲ることの出来ない時間である。
今、彼を抱くつもりは毛頭なかった。疑いようのない疲労を滲ませるカミューを欲望のままに扱うなど到底出来ない。ただ、触れたいという願望だけは抑え切れなかった。
恋人が僅かに素直に心中を吐露するのは情事の後が最も多い。心地良い疲労の中ならば、問われるままに思いを吐く。ならば優しく抱き合って、互いの体温に包まれたなら、彼は自身を悩ませている事柄の一端でも口にするのではないか、そう考えたのだ。
だが────予想もしない事実に打ちのめされ、マイクロトフは部屋を後にした。脱兎の勢いで建物の外にまで駆けて来て、そこではたと足を止めた。
────おれは逃げるつもりなのか……?
必死に自問する。
カミューの身体に見知らぬ他人の影を見て、黙って逃げ出そうというのか。
争うこともなく、奪い返そうともせずに、負け犬のように背を向けて。わなわなと拳が震えた。
何とか頭を冷やそうとしても、容易にままならないのが彼だった。
そんな男に掛けられた声があった。
「よお、マイクロトフじゃねーか。どうした?」
ビクトールだった。
札師ラウラの店から出てきたところだ。いつもながらののんびりした調子に、一瞬怒気が緩む。
「ビクトール殿、無事だったのか。昨夜のうちに戻らないから、みな案じていた」
「ああ、悪ィ。ちょーっとしたトラブルが発生してよ、これからもう一度出掛けるところだ」
「トラブル……?」
「ああ、話せば長くなるんだがな、手短に言えばフリード・Yの奴が腹痛を起こして」
「フリード殿が?」
「ああ、でもこいつは……モンスターにやられた訳じゃなくて、回復アイテムの食い過ぎで」
「それは────」
微笑もうとしたが、引き攣った。彼の反応には気づかず、ビクトールが続ける。
「いやもう、散々だったぜ。張り切り過ぎて、気づけば回復魔法は使い切ってるし。そこで代表で回復アイテムを補充しにきたって訳だ。ヨシノは騒ぐわ、ルックはぶすったれるわ、もう……」
彼は苦笑しながら語っていたが、ふと表情を硬くした。
「……それはそうと、カミューの奴はどうだ? 少しは良くなったか?」
「それは────」
口篭もると、ビクトールは大仰な溜め息を吐いた。
「何だ、相変わらずか。困ったなあ…………」
それから僅かに逡巡して、思い切ったように切り出した。
「あのな────マイクロトフ。こんなことをおれが言うのは筋違いかもしれねえが…………、この際、ぶん殴ってでも何を抱え込んでいやがるのか白状させた方がいいんじゃねえか?」
「……………………」
「あいつ、あんな見た目に似合わず相当な頑固者だぜ。こうと決めたらテコでもきかねえ。誰が見たって普通じゃねえのに、何でもねえって言い張るなんぞ、おれは捻り上げてやりてえくらいだ」
彼は手振りで相手を締め上げるポーズを示した。ふと、口調が緩む。
「────おまえがジーンの店で、あの薄気味悪い煙に包まれたとき……カミューの取り乱しようったらなかったぜ」
「──……え?」
「フリックも、あんな奴を見たのは初めてだって驚いていた。カミューはいつも冷静で、人前で感情を露にすることなんかなかったもんな。それがあんなふうになるなんて、余程おまえが大切な証拠だって笑ってたぞ。マイクロトフ────大事にしてやれよ」
マイクロトフは項垂れた。
「おれが思うに、あいつは自分に無頓着なんだな。何でも器用にこなすし、頭も凄くいいんだろうが、あんまり自分を大切にしてるとは思えねえ。痛いなら痛い、つらいならつらい、そう言って助けを求めようとしやがらない。皆はおまえのことを不器用だと言ってるが、おれから見たらカミューだって十分不器用に見える。あいつが自分に構わないなら、おまえが奴の分まで気遣ってやれ。おまえなら────出来るだろ?」
一気に血が下がった気がした。
熱していた頭が冷え、冷静に考えられるようになる。そうだ、自分は何を見ていたのだろう。
カミューが裏切るなど、有り得ない。互いを選んだときからずっと、二つの魂は寄り添ってきた。
彼があのように自分を世界から押し出そうとするときには、必ず理由がある。それも、おそらくはマイクロトフ自身に関する理由が。
信じられないものを見た衝撃で理性が吹っ飛んでしまったが、真実は一つだ。
あの虚ろな目、投げ出された手足、傷つき果てた白い顔。
────あれは凌辱だ。断じて合意などではない。
彼が自分以外の人間に肉体を自由に与えるなど、そんなことは有り得ない。
「おい、聞いているのか?」
「すまない、ビクトール殿! 感謝する!!」
マイクロトフはきょとんとしている男を顧みず、その場を駆け出した。残されたビクトールは呆気に取られていたが、すぐに苦笑した。
「……だから後先考えねーって言われんだよ……」
その呟きもマイクロトフの背中には届かなかった。彼はたったひとつの想いに捕らわれていた。
誰が。
誰がカミューをあんな目に。
あの誇り高い男を、気高いばかりの騎士を。
魂の抜け殻のような表情を浮かべるまでに傷つけたのか。
城に集って共に戦った仲間だとは思いたくない。だが、それ以外の誰だというのだ。カミューは何と言っていた?
────違う、そう答えた。庇うためか、だとしたら何のために…………?
訳のわからない寒気がした。
とてつもない邪悪なものに見詰められているような感覚が。
マイクロトフは、だがもう迷わなかった。もう一度顔を合わせ、今度はしっかり抱き締める。
傷ついているのなら、その傷ごと受け止める────「カミュー!!」
声を限りに叫んだ。彼は必ず自分を追ってきているはずだ。
「カミュー、何処にいる? カミュー!」
城に残る兵士や住人が驚いたように見守る中、彼は最愛の恋人を探して叫び続けた。
不運が続いた。
二人は互いを探そうと焦るあまり、結果としてすれ違い続けたのである。
何処そこで見掛けたという話を聞いて慌てて向かってみれば、相手はすでに別の場所に移動した後だった。ましてカミューは動きの重い身体を押しての捜索なのだ。
どちらかが止まって相手を待っていたなら、すぐに出会えたであろうものを、マイクロトフはいつもながらの突進で、カミューは正常な思考を欠いた状態で、その一点を思い付かなかった。
疲れ果てたカミューがとぼとぼと自室に引き上げてきたときには、すでに日は大きく傾いていた。時間がない────それは十分わかっている。なのにどうすることも出来ない……。
部屋の前に立ち尽くす男の大きな影を見たとき、彼は呆然とした。叱られた犬のように項垂れ、両手を握り締めたまま扉に向かって直立しているのは、無論青騎士団長である。
どうやら今回に限っては、マイクロトフの方がまともに頭を働かせることに成功したのだった。
「────マイクロトフ……」
呼ばれて振り向いた顔は、苦悩に歪んでいた。
「カミュー、おれは…………」
言葉が続かず、男は唇を震わせた。だが、改めて真っ直ぐに顔を上げると、つかつかとカミューに歩み寄った。反射的に逃げる習慣がつきかけていたカミューだったが、それよりも早く温かい腕が彼を捕らえた。
「────許してくれ、カミュー…………」
逞しき男もまた、震えていた。厚い胸から響く心音は速い。
「おれの唯一の相手────おまえが好きだ、信じている……」
それは何よりもカミューが欲しかった一言だった。
過ちは即座に正すのが青の潔いところ〜
……と何気にフォローの人になる(苦笑)。さて、次回が問題の章です。
これで奥江のS嗜好がぽろりと抜け落ちました。
正に『憑き物が落ちた』状態(笑)
満足したんか、自分……って感じ?ザルレベルを上げてお待ち下さい。
エロレベルは上げる必要はありません(死)。