最後の王・71


「おれも随分と多くの戦場に立ってきたものだが、あれほど凄惨な殺戮の場は、後にも先にも覚えがない」
ロックアックス城・西棟の客間で、ゲオルグ・プライムはポツリと言った。

 

 

談合の中途で飛び出していった従者が戻ったとき、伴われた人物を見たマイクロトフ以下の驚きは生半ではなかった。
皇子の従者の同行者として、特に素性を問われるでもなく城門を潜った男。ロックアックス外に脱したと思われていた「情報提供者」が留まっていたことに加えて、それが世に知れた剣豪で、しかもカミューの剣の師とあっては、動揺するなという方が無理な話だ。
いずれも硬直しながら最大級の礼を払おうとしたが、ゲオルグは短く名乗り、一同にもそれを求めただけだった。軽い朝食も用意されたが、手を付ける様子も見せず、与えられた椅子に腰を落とすなり、本題に入る。
一同が既に事情を把握していると知ったゲオルグは、青年が語った諸々の空白を埋めるかたちで話を切り出したのだった。

 

 

「最初は疑ったものだ。これが礼節に名高いマチルダ騎士の所行だろうか、と……何せ、丸腰の子供を押さえて斬ろうとしていたのだからな」
それがカミューの窮地を指すと知り、マイクロトフは知らず拳を握り締める。
「どんな事情があるにしろ、見過ごなかった。制したところ、聞く耳持たぬといった勢いで剣を向けてきた。それで已む無く、迎え討った」
手心を加える気はなかった。その場に至るまでに目にしてきた暴挙を心底より嫌悪していたし、相手が本気で殺しに掛かっていると感じたからだ。
複数名を倒したが、そのうちの一人が残る味方に逃げるよう指示していた。その際、叫ばれた一節を、ゲオルグは耳に止めていたのだった。
「陛下にお伝えせねばならぬ───そう言っていた」
ズキリと痛む胸を堪えてマイクロトフは顔を上げ続けた。父王は潔白だ、その一念があればこそ、真っ直ぐにゲオルグを見詰めることが出来る。
「たかだか十四の子供に、あの惨状は過酷に過ぎた。しかも、後から聞いた話だが、あいつはあの夜、初めて紋章を発動させたんだ」
「烈火……ですか」
そう、と頷いてゲオルグは首を振った。
「それまで自分がそんな力を宿していると知らずにいた。怒りが封を解き放ったのだろう、「烈火」は宿主の意志を問わず敵に向かった。村を襲った相手とは言え、生きた人間を焼き殺した衝撃がどんなだったか……想像出来なくはないだろう」
シン、と静寂が下りる。
初めてマイクロトフは、カミューが「烈火」を人相手に使わないと宣した理由を理解した。
憎むべき敵であっても、その悲惨な死に様は、カミューの心に別なる傷を残したのだ。だから彼は己に律した。二度と再び、紋章の力を生きた人間に向けまいと。
任に臨んだ騎士は二十四人、戻ったのは四人。ゲオルグが倒した者以外は火魔法によって命を落とした。少しだけ状況が整理されてきたように思う一同の中で、赤騎士団副長が表情を歪める。
「……それで合点がいった気が致します」
「副長?」
「戻ったうちの一人だが……心を病んで騎士団を辞した後、自宅の池で水死したのだよ」
ああ、と第一隊長が頷く。
「火魔法の幻影にでも追われて、水辺に逃げようとしたのやもしれませぬな」
騎士が精神を蝕まれた直接の理由は、グラスランドで受けた「烈火」への恐怖だったかもしれない。だが、無力な民を殺した自責であったなら、とも一同は考える。同じ訓戒の許に集った剣士の一人として、男が僅かでも騎士の誇りを残していれば───そんなふうに思わずにはいられなかったのだ。
再びゲオルグが口を開いた。
「あいつの生い立ちは聞いたか?」
これにはマイクロトフが答えた。
「生みの母御と死に別れ、村人たちの手で育てられたとか」
「そうだ。村の人間は恩人であり、家族だった。それをあんなかたちで一度に失って……暫くは酷い状態が続いた」
男たちは唇を噛む。誰ひとりとして挟む言葉を持たなかった。
「ともかく、そんな成り行きからあいつを連れ歩くようになった訳だが……少しだけ後悔している。おれは早々にあいつを手放すべきだった」
「それは如何なる意味でしょうか」
怪訝そうに青騎士団副長が問うと、ゲオルグは苦々しげに笑った。
「あのときのカミューには支えが必要だった。何かに心を向けさせることが立ち直らせる早道だと考えた。大事そうに剣を抱えていたし、才も認められた。だから剣技を仕込んだが、そいつがどうにも思わしくない方向に転んだ」
武力など磨かせず、「家族」にも劣らぬ心温かな人々の中で暮らせるように計らってやっていれば。
そうすれば、傷ついた心が復讐へと向かうのを防げたのではないか。今もゲオルグに残る一抹の悔恨なのだ。
心情を察して、マイクロトフは静かに首を振った。
「どのような道を辿っても、同じだったと思います。武力を得たから志したのではなく、先ずは決意が在ったのでしょう」
ゲオルグは微かに目を細めた。人為を見極めるようにマイクロトフを凝視し、それから口元を緩めた。
「憎んでも憎み切れないマチルダ王、その遺児……か。成程な、手古摺る訳だ」
「は……?」
ゲオルグ・プライムは、深々と椅子に凭れて重い息を吐く。そのまま長く口を閉ざす男を前に、一同はひたすら待った。
聞きたいことは山程ある。しかし、促すことは叶わない。黙して考え込むゲオルグは、立ち合いの威圧にも似た緊張に包まれ、一切の質疑を跳ね退けんばかりの様相だったからだ。
やがて、改めて肩で息をついた男はゆっくりと言った。
「抜き差しならない状況に陥ったら呼べと、そこの若いのに言っておいたが……」
フリード・Yからマイクロトフへと眼差しを移して続ける。
「あいつは動いたのだな」
迷うように視線を交えた一同の中から、代表するかたちで赤騎士団副長が答えた。
「昨夜、騎士が一人殺害されました。逃げた四人のうち、唯一存命だった人物です。その後、彼は城を出ました。追跡したのですが、及ばず……現所在は不明です。事情が事情ですゆえ、手も足りず、一先ず捜索は見合わせております」
それから彼は、慎重に付け加えた。
「グリンヒル公主殿の暗殺という、マチルダをも揺るがす事件に乗じて打って出たようですな。我々は……ゲオルグ殿、失礼ながら貴殿が彼に、この暗殺事件の起きる時期を伝えられたのではないかと推察しているのですが」
丁重ではあるが、実に直裁的な問い掛けである。他の面々も、やや驚いたように赤騎士団副長を見遣った。
片やゲオルグは、総勢の予想に反してあっさりと首肯した。そればかりか、小細工を弄さず真っ直ぐに問い質した騎士の姿勢に満足するような顔まで見せた。
「察しの通りだ。おれはグリンヒル公主が襲撃される日時を知っていた。一昨夜、それをカミューに伝えた」
たちまち広がる動揺を、軽く制して騎士はゲオルグに向き直る。
「何故、とお聞きしても宜しゅうございましょうか」
「一口に言えば、恩義に背けなかった、ということかな」
「恩義?」
そう、と彼は目を閉じた。
「会ったばかりの頃、カミューは高熱を出して倒れてばかりいた。目覚めた紋章と相容れず、身体が拒否していたのかもしれん。おれもグラスランドの地理には今一つ明るくなかったのでな、病人を抱えて右往左往したものだ。そんなあるとき、助けてくれた部族があった」
そこで彼は目を開け、量るように一同を見渡した。
「……そうだ。此度ワイズメルを襲ったのは、その部族だ。マチルダに来る前、グリンヒルに立ち寄った。そこで部族の長とひょっこり顔を合わせてな、伝言を頼まれたのだ」
あっ、とフリード・Yが声を上げた。ずっと心の何処かに蟠っていたものが、不意にぽっかりと弾けたようだった。
「ゲオルグ殿……つかぬ事をお聞きしますが、マチルダに来られる際、同行者がおいでではなかったでしょうか。グリンヒル公女殿下の侍女で、エミリア殿という……」
一昨夜、宿屋の卓に散らばる菓子の皿を目にしたときから、何かが記憶の門を叩いていた。
両国の抜け道となる森で魔物に襲われたエミリアを救い、ロックアックスまでの護衛を勤めたという人物。卓越した腕を持ち、謝礼の申し出を拒絶した無欲な剣士。
エミリアの話では、男はケーキひとつを報酬代わりに受け取ったという。宿屋で見た、剣士と菓子の取り合わせが、一度はフリード・Yの琴線を弾いた。けれど、相手が「二刀要らず」と知った驚きが勝ったために、双方を繋ぎ合わせられぬまま現在に至っていたのだ。
ゲオルグは破顔した。
「ああ、あの姉さんか。公女の遣いだったのか……。流石に口は固いな、優秀な侍女だ。少しばかり無謀だったが、心意気は実に勇ましかった」
これにはマイクロトフも目を瞠るしかない。「人を見る目には自信がある」と断言したエミリアの声が脳裏を過り、ゲオルグは味方となってくれる人物だと本能的に確信した瞬間でもあった。
事情は掴めないながらも、縁を推し量った騎士たちは居住まいを正した。フリード・Yが慌てて頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、どうか話をお続けください」
ゲオルグは綻んでいた表情を引き締めた。何処から再開するかを思案しているのを見て、赤騎士隊長が言葉を挟んだ。
「つまり、その部族民はカミュー殿に打って出る機を与えようとしたと判断して宜しいのでしょうか」
「そうだ。おれと別れた後で、カミューと族長の間に接触があったようだな」
ゲオルグは背凭れに沈んで腕を組んだ。
「あいつが「望み」を果たしたなら、グリンヒルでも騒ぎにならない筈がない。未だ実行されていないと踏んで、あちらの混乱を利用出来るなら、とでも考えたのだろう。そんな事情で、助けて貰った恩がある以上、族長の伝言は伝えねばならなかった。だが、あいつは街を出てしまい、再会したのがたまたま一昨日だった訳だ」
「カミューは国内査察のつとめに同行していたのです」
マイクロトフは言い、それから首を傾げた。
「しかしゲオルグ殿、エミリア殿と一緒にロックアックス入りなさったのなら、査察に出る以前にも日があった筈ですが」
何故すぐにカミューに会わなかったのか。それは一同の疑問でもあった。
ゲオルグはそこでも沈黙した。やがて洩れた声は低く掠れていた。
「……正直に言おう。おれはカミューを殺すために、この街に来た」
それまでにない驚愕が座を襲った。瞑目して天井に顔を向ける剣士を、男たちは呼吸も忘れて凝視する。
「殺す、って……あなたはあの人の剣の師と聞きました、どうしてそんな……」
カミューの正体を知ってなお、傾倒を捨てられずにいる若い赤騎士が憤慨したように唸る。そんな若者に厳つい顔を綻ばせて、稀代の剣豪は答えた。
「そうした立場に在るからこそ、だ。おまえのような若いものには分からんだろうが」
「……カミューは」
呆然としたままマイクロトフが呟いた。
「前にカミューは言っていました。自分にとって大切なのは剣とゲオルグ殿くらいだ、と……」
「えっ、殿下は抜きですか?」
勢いで言ってしまってから、フリード・Yは小さくなる。
「……何でもありません、はい」
マイクロトフは苦笑した。
「会って間もない頃だったしな。それにおれは……」
───カミューからすれば、仇の血を引く存在、殺そうと目す相手だった。
発せられなかった先を悟ったようにゲオルグは首を振る。
「流れ歩きの人生、これほど長く寝食を共にしたのは、おれにとってもあいつくらいだ。剣の弟子……などと呼ぶものを持ったのも初めてだった」
声音に愛惜を聞き止めて、マイクロトフは身を乗り出した。
「ならば何故です? 分からない、何故カミューを殺そうなどと言われるのか」
ゲオルグは小さく笑ってマイクロトフを見詰め返した。
「おれは奇しくもカミューの命を助けた。だからこそ責任がある。あいつが完全に闇に落ちるなら、殺してでも止めねばと思った」
どう説明したものかと迷う素振りを見せ、だがすぐに彼は言葉を接いだ。
「連れ歩くようになった最初のうちこそ悪夢に魘されていたが、次第に落ち着きを取り戻していった。初めて人を斬ったときには穏やかならぬものがあったようだが、程無く慣れた。綺麗事を言ったところで、剣は人を斬る道具だ。それでもおれは教えてきたつもりだったんだ、生かすための剣を、な」
「生かすための剣……」
「弱きものの代わりに取る剣、護るための剣だ。己が牙となることで、非道から力なきものを救う。痛みを知る身だからこそ出来ると考えた。だが、おれは誤った。あいつの傷の深さを読み違えた。これまでおれは、他人の考え方をすべて受け入れてきた。それがどんな考えであっても、人が決めた道に口出ししようとは思わなかった。あいつは……カミューに対しては、例外がはたらく程度には思い入れがあったらしい」
一気に言った次には、またもや沈黙が落ちる。男の複雑な胸中の現れであった。
「戦いの基本を教えたおれでさえ舌を巻くほどの剣士になった。もともと頭の巡りは良かったが、知識欲が旺盛で、知謀にも才を発揮するようになった。傭兵稼業というのは存外に多彩なものでな、上流社会に接する機会もある。あの優しげな見てくれは一種の武器だ。だから礼儀作法も教え込んだ。ずっと以前におれが立ち寄った王国風の作法だが、あいつはそれを噛み砕いて、独特の風雅といったものを身に付けた」
ふと、ゲオルグは唇を噛んだ。
「そうして会得した力は、この先の人生を切り開くために使われるべきだ。少なくとも、おれはそう考えていた。だからあいつの目的が報復であると知ったとき、耐え難い不快に襲われたんだ。おかしなものだ、それが他の誰かなら、「そうか、考えた結果なのだな」で終わったろうものを」
弱い自嘲。居並ぶ面々にも、ゲオルグの心情は理解出来る気がした。
他者の意思をそのまま受け入れる。寛容であると同時に、それは相手に深入りしない冷淡な一面も持つのだろう。
なまじ近しく過ごしたために、ゲオルグにはカミューを赤の他人として割り切れない情が生まれていた。自らと同じ価値観で量ろうとした。
結果、埋められない溝は別離へと進んだ。カミューは一人宿志達成に向けて動き出してしまったのだ。
「仇を討ったところで、死んだものは戻らない。恨みを晴らして幸せになれるとも思えない。若くて、あれだけの才覚を持っているのだから、もっと別の生き方があるに違いない。だが……あいつにとっては他人の理屈だ。虐げられたものの痛みは、虐げられたものにしか分からない。過去を清算しなければ先はない、そうあいつが考えるなら、それも一つの人生だろうと諦めた」
ただ、と男の瞳に暗い熱が灯る。
「どうしても気になることがあった。あいつは最初から対象を絞っていた。全マチルダ騎士を敵に回すなど不可能な話だからな、襲撃実行者───逃げ帰った騎士のみを標的に据えたのは自然だろう。その連中でさえ、名前しか分からないのだから、難しくはあったろうが。よくぞ探し出したと呆れている」
これには赤騎士団副長が渋い顔で項垂れた。気付いたゲオルグに視線を当てられ、ボソリと打ち明ける。
「……知らぬまま、捜索に助力してしまいました」
するとゲオルグは苦笑じみた表情を浮かべた。
「まんまと利用されたか。あいつは人を丸め込むのが妙に上手いからな」
それから語調を改めて続ける。
「報復は当人のみにとどめる、無関係な係累には一切手を出さない───別れ間際、あいつは繰り返し言っていた。しかし感情は、そう思いのままにならないものだ。いざロックアックスで、仇が家族に囲まれて幸せに暮らしているのを目の当たりにしたら……自分が奪われたものを仇が持っていたら、箍が外れないとも限らない。何も知らない係累にまで殺意を抱くようになれば終わりだ。あいつの心は完全に闇に堕ちる。だから間近で見守ろうとした。道を外したときには、この手で幕を引いてやるつもりだった」
節くれだった利き手の指をゆっくりと握り込む。大きな拳が微かに戦慄いた。
それは親心に近いものかもしれない。一度は驚き、固唾を飲んだものの、説かれてみればゲオルグの胸中に痛いほど共感を覚える一同だった。
「あのう……ちょっと良いですか」
おずおずと進み出たのは最年少の赤騎士だ。ゲオルグが頷くと、若者は居心地悪そうに座り直した。
「襲撃とは無関係の親子兄弟には手を出さない、って……確かにカミュー殿は、昨日の白騎士にも同じことを言ってましたが」
剣士の不可解そうな眼差しに気付いて、慌てて言い添える。
「あ、おれ……現場に居合わせたんです、たまたま」
「成程、それでか」
場に合わない若輩者の存在が漸く腑に落ちた、といったふうにゲオルグは笑った。
「それでつまり……何と言うか、あの人なりに筋は通そうとしていた訳ですよね? でも……」
ちらとマイクロトフを窺い見て、思い切ったように言い放つ。
「どうしてマイクロトフ殿下は例外なんです? 先代陛下の息子というだけで、それこそ無関係じゃないですか」
誰もが思いながら言えずにいたことを遠慮なくぶちまける若さ。ゲオルグは吹き出して、好ましげに若者を見詰めた。
「おれはカミューじゃないから分からんよ、若いの。確かに矛盾だ、そいつは認める」
暫し身体を揺すった後、笑みが掻き消えた。
「己の手を何ら汚さず、命令しただけ……それだけに、襲撃を実行した騎士以上に王を憎んだ。傭兵稼業で各地を回っていても、先のマチルダ皇王の名は鳴り響いていた。武勇に優れた、正しき心を持つ名君。暗い噂など、まるで聞こえてこない。あいつに言わせれば、誤った、許し難い評価だ」
両手を握り合わせて溜め息をつく。
「しかも、当人は病没してしまった。王の代わりと言うより、標的が皇子に絞られただけだ。もともと王の血統を絶つつもりでいたのだから、それほどおかしな流れではなかろう」
「皇王家の血を絶つことが報復となる、という点が量りかねるのですが」
無言を通していた青騎士隊長が初めて疑問を挟んだ。
「彼は聡明な人物です。仇の親族には関らないという理性も残していた。なのに何故その一点に固執するのか、思い当たりませんか」
「明白な確信はないが、多分……五年前のあの夜、あいつは捩じ曲げられてしまったんだろう」
ゲオルグは痛ましげに目を細めた。
「殺され掛けたときに言われたらしい。「蛮族として生まれた己の血を恨め」とな。その一言がカミューの何かを歪めたのではないかと思う。王の血を恨む、根絶やしにする、そんなふうに擦り替わって心に根付いた。頭で分かっていてもどうにもならない、呪詛のようなものだ」
「…………」
「それにな」
長く逡巡してからポツと言う。
「根底にあるのは、憎悪というより、寧ろ自責ではないかとおれは考えている。一人だけ生き残ってしまったという負い目がカミューを報復へと駆り立てている。一種の自滅行動のようなものだ、敵は大きいほど良い───そうした意識もはたらいているかもしれない」
そんな、とフリード・Yが眼鏡の奥の瞳を潤ませた。
「どうして……どうしてカミュー殿は……陛下は絶対に無関係でおられるのに……」
知らず洩れた嘆きの声を、ゲオルグ・プライムは耳聡く聞き止めた。気持ちを切り替えるようにグラスの水を干して、背を正す。
「長々と講釈を垂れたが、どうやらそちらにも言い分がありそうだな。次はそいつを聞かせて貰おうか」

 

 

 

 

 

促されるまま騎士たちは説いた。
白騎士団長ゴルドーの害意に始まって、カミューが護衛を装って皇子に接近したこと。
白騎士を殺した後、皇子と対峙して、目的を果たせぬまま逃亡したこと。
発端となったグラスランド侵攻の顛末に誤解があること。
説明の中心となったのは赤騎士団副長だ。マイクロトフは当事者であるだけに、感情を切り離して語るのは難しい。フリード・Yや若い赤騎士も自発的に発言を控えた。やはり沈着を保てないといった理由からである。
しかし、話が進むほどに一同は気落ちしていった。
グラスランド侵攻は先王の意に反した陰謀である───彼らにとっての確信も、王の人柄に照らし合わせての推測に過ぎず、完全なる第三者を納得させるには到底至らないと改めて痛感したからだ。
現時点での手持ちの情報を晒し終えても、やはりゲオルグの表情は堅いままだった。騎士が言葉を引き取るなり、彼はむっつりと言った。
「駄目だな、それではとても変心など誘えない。おれがカミューでも、首を捻ったろう」
「……でしょうな」
疲れたように肩を落として、だが赤騎士団副長は唇を噛む。
「ですが、我らは陛下という御方を存じ上げているのです。その点だけがカミュー殿と一線を画します。だからこそ、証を立てるまでの猶予を求めたのですが」
「待てない、とカミューは言いました」
沈痛な声音でマイクロトフが呟く。あのときの哀しげな面差しが眼裏に蘇っていた。
「充分に苦しんだのだから、これ以上は待てないというのも分かります。それでもおれは……」
言葉を詰まらせた皇子を見詰め、ゲオルグは嘆息する。
「ともあれ、五年も抱えてきた執念だ。あいつもまだ完全に諦めた訳ではないだろう」
「……はい。そう言っていました」
「勝算はあるのか? 聞いた限りでは手詰まり感が強いんだがな」
「正直、今は断言出来かねます」
青騎士団副長が小さく答え、しかし毅然と顔を上げた。
「それでもやらねばならぬと考えております。我らが同朋の無体が、今なおカミュー殿を蝕んでいるならば、行き違いを正し、彼の心を安んじるのが我らのつとめと心得ます」
「王が襲撃に関っていなかったと証明して、か」
ゲオルグは眩しげに目を細めた。
「死した主君をそうまで信じるか。噂に聞いた通り、マチルダ騎士は忠節に厚いな」 
「それだけではございませぬ。彼は断じてマイクロトフ様を憎んでいない。なのに殺意を抱かねばならぬというなら、前提となる事象を覆すしかないのです」
「……「憎んでいない」どころではない、あれは相当な好意だろう」
え、とマイクロトフは瞬いて息を呑んだ。視線を交わらせて剣士は続けた。
「査察とやらから戻った日、宿の部屋から行列を見物していたんだ。あいつは笑っていた。年相応、とでも言うか……おまえさんに向ける笑顔は、これまで見たことのないものだった。村が襲われたりせず、平穏に暮らしていたら、あんなふうに成長したのではないかと実に感慨深かった」
「ゲオルグ殿……」
感極まって、マイクロトフは鳴咽を噛み締めた。
誰よりも長くカミューを知る人間の目に、そう映ったのが堪らなく喜ばしい。青年の中に紛れもなく情愛が存在したのだと保証された気がした。
「おれも……おれにとっても、カミューは大切な人間です」
絞り出すように吐露する。
「取り戻したい。何をどうしたところで痛みは消せないだろうけれど、ならばせめて分かち持ちたいのです」
「調べた挙げ句、先王の命令だった証が出たらどうする? ああ……「有り得ない」とは言うなよ、おれが知りたいのはそこじゃない」
厳しく問われて目を閉じる。亡父への愛着をひとたび置いて、考えた。最後にマイクロトフは、正面からゲオルグを見据えて言い放った。
「そのときは、カミューの裁断にすべてを委ねる覚悟です」
「……見上げた性根だ」
感じ入ったように首を振り、ゲオルグ・プライムは両膝を打った。前屈みに乗り出して、不敵な笑みを浮かべる。
「実はな、皇子。おれは一昨夜、カミューに雇われたんだ。失敗したときには志を継いでくれ、とな」
一同の間に得も言われぬ緊迫が駆け抜けた。だが、相変わらず笑いながら男は肩を竦めた。
「ところが、あの馬鹿弟子ときたら、どの志だか説明を省いた。 だから勝手に解釈させて貰ったよ、「後始末をつける」とな。あいつが沈めようと躍起になっている本心を継いでやろうじゃないか」
「カミューの本心───」
そう、と「二刀要らず」は座を一望した。
「皇子は護る。相手が白騎士団長でも、カミューだろうと、皇子に向けられた刃はおれが止める。その間に、おまえさんたちは先王の潔白とやらを証明してくれ。一つ所に留まるのは性に合わんのでな、出来れば早いところ頼む」

 

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……はっ!!
「弟子を暗黒面に落とすくらいなら」って。

ゲオ氏ってば、アナタ
何処のジェダイ・マスタ〜ですか……(笑)

 

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