最後の王・62


最後に議場の扉を開けた皇国宰相が席に着くなり、マイクロトフは一同を見回し、声を張った。
「それぞれ多忙なところを、無理を言って集まって貰った。先ずは感謝する」
長卓の片側、赤騎士団の位階者には副長と七名の騎士隊長が顔を並べ、今一方、青騎士団は十一名の位階者全員が揃っている。更に、赤騎士団側の最上座に宰相グランマイヤー、末席には居心地悪そうに身を縮める従者フリード・Yが、真っ直ぐに皇子へと視線を当てていた。
一人の赤騎士隊長がポツと言う。
「カミュー殿の御姿が見えぬようですが……」
午前中を青年と過ごした自団の最高位騎士隊長を窺うような眼差しだ。 が、問われた当の第一隊長も、怪訝そうに首を傾げている。マイクロトフは即座に答えた。
「此度、カミューは同席しない」
「同席なさらない……?」
途端に騎士らは小さくざわめいた。そんな一同の様子を見て、マイクロトフは笑まずにはいられなかった。
議場には宰相をはじめ、在城する二騎士団の要人が残らず集まっている。これほど大掛かりな閣議はあまり前例がないだろう。
にも拘らず、騎士たちはカミューの不在を訝しく受け止めている。彼らがカミューを、単なる護衛傭兵ではなく、重要な仲間の一人、あるいは絶対的な意見役として認めている証であった。
「今日の議案にはカミューの意見を要さないと判断したのでな、欠席を許した。今頃は礼拝堂を見に行っている筈だ」
すると青騎士団副長が僅かに顔をしかめた。
「然様でしたか……。てっきり、御即位日に向けての街内治安維持について沙汰されるものとばかり……」
片や、彼と向かい合う席に座るグランマイヤーも複雑な面持ちである。何しろ、騎士団要人の閣議に招かれたのは初めてなのだ。
一応は赤騎士団長という立場に在るグランマイヤーだが、名ばかりなのは自身が一番良く知っている。現政治を司る宰相と騎士団要人、双方を要する談合と言えば、思いつくのは一つだった。
「程無くテレーズ公女がグリンヒルを出立される。国境まで出迎えに参じるのは白騎士団となっているが……このつとめを、赤・青、いずれかに譲り受けようと思されておいでですかな?」
「あ、いや……」
偽装婚約を演じる身でテレーズの話題を持ち出されるのはマイクロトフとしても気まずい。言葉に詰まる間にグランマイヤーは続けた。
「それとも、式典に招いた各国要人の警護の件でしょうか」
「……いずれにしても、カミュー殿の御意見も仰いだ方が良さそうな案件ではありませぬか?」
末席の赤騎士隊長が言う。同様の表情を浮かべる部下たちを一瞥し、赤騎士団副長が苦笑した。
「逸るな、殿下が何のお考えもなくカミュー殿の退城を許可なさると思うか」
それから皇子に向き直り、丁寧に一礼する。
「申し訳ございませぬ、どうぞ話をお進めください」
早々に出鼻を挫かれ戸惑っていたマイクロトフは、場を納めてくれた騎士に感謝の会釈で応えた。しかし、少し考えて朗らかに言った。
「……おまえたちの方にも提議したい案件があるようだな。おれの話は長くなりそうだ、そちらを先に話し合おう。ロックアックスの治安維持に何か問題があるのか?」
振られた青騎士団副長は困惑顔で瞬いた。同じように提議を試みた宰相をちらと窺い、先んじる了承を見届けた上で、卓上に両手を握り合わせる。
「警邏巡回中に確認致しましたところ、ロックアックス内の宿屋は式典三日前から予約で埋まっております。皇国民のみならず、デュナン各国からも式典を一目見ようと訪れるものが多いようですな」
副長の言を受けて赤騎士団・第二隊長が続けた。
「中には街外にて野宿を始めたものもいるようで……概算したところでは、即位式前後のロックアックス周辺の人口は通常時の二、三割増と予想されます」
「……想像がつかんな」
マイクロトフが眉を寄せると、赤騎士隊長も表情を引き締めた。
「問題はそこです。人の出入りが多くなる……治安の悪化は必至です。純粋に式典見物を満喫しようとしている訪問者の懐を狙って、悪漢も潜り込んでくる。富めるものなら護衛を雇いましょうが、そうした傭兵連中は血の気も多く、これまた何かと騒ぎを起こす───」
そこまで言って、騎士はふと、ここに居ない青年を思い出して慌てて付け加えた。
「いや……無論、心根の正しい、立派な傭兵もおりますでしょうが。わたしが言いたいのは……」
「───良い。誰も一括りには考えていない」
げんなりとした面持ちで赤騎士団副長が制する。
傭兵。概して組織に属する身には、金銭で信念を売り渡すとして嫌われる存在だ。
けれど騎士たちは間近に例外を知った。心から信頼し、信義を分かち合える、未だ年若い傭兵を。
「まあ、彼の言もあながち遠からず……ならず者と傭兵がぶつかれば血を見るでしょうな」
青騎士団・第一隊長が逸れ掛かった論点の軌道修整に入る。赤の同位階者が渋い顔で賛同した。
「そればかりではない。善良なるロックアックスの民も騒動の当事者になりつつある」
「……と言われると?」
「ここ数日、酒に酔っての喧嘩騒ぎが幾つか起きている。幸い、警邏騎士の目の届く範囲だったので大事にはなっていないが」
「今から祝い酒ですか」
ミューズから帰還したばかりの赤騎士団・第五隊長が憮然とする。
「そんなところだろうな。慶事にまつわる酒ゆえ、あまり締め付けを厳しくするのは望ましくないのだが……」
「寛容も宜しいが、コブや擦り傷で済んでいるうちに手を打つべきでしょうな」
青騎士隊長は肩を竦める。言いように刺を感じたふうに赤騎士隊長は眉を寄せたが、進言の正当は認めざるを得ない。彼はマイクロトフを見詰めた。
「幸い、我が赤騎士団の在城人員も平時に近い程度まで戻りましたし、街内巡回の頻度を上げて対処しては如何かと。国外からの見物人に関しては……やや後手に回りましたが、グリンヒル及びミューズとの国境双方に置いた関所番に通達を出し、通行証を検める際、治安維持への協力を言い含めさせては如何でしょう」
当人のみならず、護衛傭兵が暴れても連帯責任。そんなふうに念を押しておけば、雇われ武人の暴走に対する抑制にはなるだろう───騎士隊長の提案にマイクロトフは同意の首肯をみせた。
「弱き民が巻き添えになってからでは遅いからな。巡回を増やす、関所番に通達を送る……他に意見はないか?」
赤騎士隊長が一人、挙手する。
「酒による騒ぎですが、殆どは酒場近辺で生じています。夜間の巡回頻度を上げる他にも、店に騎士を詰めさせる等の処置を講じては?」
「では聞くが、君は鹿爪らしい顔の見張りが立つ店で酒を飲む気になるかね?」
相変わらずの調子で青騎士隊長が言う。そんな皮肉気な口調にもすっかり慣れてしまったのか、別の赤騎士が苦笑した。
「なりませんな。路地裏で一杯やる方が楽しそうだ」
途端に一同は笑み崩れる。緊張した遣り取りに身を固くしていたグランマイヤーやフリード・Yも肩を震わせていた。
「……君の意見は?」
赤騎士団・第一隊長に凝視された青騎士隊長は、やや姿勢を正した。
「酔客に目を光らせる……わたしなら、客を装いますな。尤も、本来のつとめを忘れぬ強い意思力を求められますが」
「成程。周囲から浮かぬ程度に酒を嗜み、それでいて酒に呑まれず、つとめを果たす……なかなかに難しい役目だ」
穏やかに笑みながら赤騎士団副長が言う。
「しかし、わたしもそれが良いのではないかと思う。警邏が増えたくらいでは民も動じぬだろうが、酒場にまで騎士が詰めるというのは……戦時下ではないのだし、悪戯に不安を煽ることもなかろう」
彼は卓上に置いた自団騎士の予定表をパラパラと捲った後、青騎士団副長に視線を向けた。
「如何でしょうかな? わたしは彼の策を支持致しますが」
「異存ありません。では、これまでのところを整理致しますか。宜しいでしょうか、マイクロトフ様?」
実務の相談となると、どうしても発言の機会が失われてしまうマイクロトフだ。こうして気遣われることを申し訳なく思いつつ、しかし彼は明るく笑った。
「勿論だ。おれはどうにも経験不足で、役に立つ意見など出せそうにない。何より、おまえたちの意向には全面的な信頼を置いている。構わず進めてくれ、疑問があれば問わせて貰うかもしれんが」
皇子の鷹揚な意見に、居並ぶ騎士たちは丁寧に礼を取る。そんな彼らを一望してから青騎士団副長が事務的に切り出した。
「先ずは街内の警邏だが、現在の三交替制を、取り敢えず一段階上げて様子を見る。今現在、地区の多くは我々青騎士団の担当となっているが……増員分を赤騎士団より出していただいても宜しゅうございますかな?」
「無論です。後で各経路を確認致しましょう」
「次に、グリンヒルとミューズの関所番に送る通達文ですが、こちらは宰相グランマイヤー様にお願い出来ましょうか」
「わ、わたしかね?」
やや蚊帳の外といった心地だったグランマイヤーは、唐突に名指しされて椅子上に跳ねた。これには赤騎士団副長が解説を入れた。
「皇国の治安維持に関する触れですので、今は宰相の御名で命じられるのが宜しいかと思われます。要点は二つあります。先ず、皇国領土に入った諸外国民に対し、穏当に式典の日を迎えられるよう協力を求めること。今ひとつは、護衛の武人を同行させるものに対して、その行動の全責が課せられると念を押すことです」
「騎士に対して出す文書か……難しいな……」
腕を組んで考え込む宰相に副長はにっこりした。
「斯様に構えられずとも……。伝令騎士にも言い含めておきますゆえ」
そうか、とほっとする宰相の向かいで青騎士団副長が瞬いた。
「すると、伝令は赤騎士団の方で請け負ってくださると?」
「迅速は我々の得意分野の一つですぞ」
赤騎士団副長は温厚な瞳に自負を漂わせてから表情を引き締める。
「それに……グリンヒルの方には特に急を要しましょう。テレーズ公女の出迎えに白騎士団が赴く前に事を終わらせておきたい」
ゴルドーが、赤・青騎士団の動向に難癖を付ける機を伺っているのは確かだ。下手に鉢合わせるような事態は避けるべき、との考えにはマイクロトフもまったく同感だった。
コホンと咳払いして青騎士団副長が発言を再開した。
「酒場の警備強化だが……これには私服姿の騎士を投入するということで対処する。人選は───」
そこで彼は首を捻った。暫し考え、途方に暮れた顔で赤騎士団副長を一瞥した。
「……人選は如何致しますかな。何やら希望者の多そうなつとめと思われますが」
賛意を感じたのだろう、位階者たちはくすくすと笑んでいる。
「取り敢えずロックアックス中の酒場を列挙して、各店に二名ずつ……と言うのは、連れが居た方が羽目を外す恐れがないと考えるからですが、配備してはどうかと……」
「それで宜しいのでは? 各部隊長に、酒と自制心の強いものを選ばせ、輪番を組んで当たらせましょう」
「洩れた部下には恨まれそうですなあ」
赤騎士団の第十隊長が零し、即座に「遊びではない」と周囲から一喝されていた。
ふと、赤騎士団・第一隊長が顔を上げた。
「副長、東七区は如何致しますか?」
マイクロトフは咄嗟にロックアックス地図を脳裏に描き、指摘された地区を悟るなり、頬を染めた。それは俗に言う花街、娼館や酒場が軒を連ねる一画だったのだ。
「ええと……東七区というのは……?」
首を捻るグランマイヤーに、騎士は申し訳なさそうに応じる。
「我々赤騎士団の担当地区です。夜の街───と言えば、お分かりになりましょうか」
「……あ」
酒場と一口に言っても、これまでの話題に挙がっていたのは食堂を兼ねた店、家族連れで訪れる客の方が多い店であった。しかし、東七区という街の入り口に近い区域にあるのは、男性客を主とする店だ。前者よりもずっと騒動の起き易い箇所なのである。
どの国、どんな街にも見られる享楽の坩堝。ここロックアックスも例外に洩れず、そうした歓楽街を有していた。ただ、礼節厚い騎士の膝元とあってか、その手の店は古くから限られた区域にのみ集まり、住人とは一線を画している。他とは比較にならない治安を誇るロックアックスの花街には美姫も多く、一部の男たちにとっては非常に重要な場であった。
「警備強化と言えば、あそこは欠かせぬでしょう。が……、巡回が増えるところまでは目を瞑っても、店に常駐する騎士は認めそうにありませんぞ」
「装束装備を解いても、かね?」
青騎士団副長の問いに、男は微苦笑を浮かべる。
「街中の食堂店主とは訳が違います。言ってみれば専門家のようなもの……、気配で嗅ぎ分けるでしょう」
「……とは言っても、やはり問題が起き易い場所ではあるな」
渋い顔で呟くグランマイヤーの言葉を受けて、赤騎士団副長が乗り出した。
「店は個々に用心棒といった人間を用いています。少々のいざこざは内部で処理してきた訳です。まあ……、予め元締め役に頼み込んでおけば、騎士を置かずとも、これまで通り上手く納めてくれるでしょう」
「頼み込む? 元締め?」
グランマイヤーは目を丸くする。副長はやれやれと息を吐いた。
「ああした世界には、どうしても我らの目の届かない事情がありますゆえ……元締めと呼ばれる存在とは友好関係を結んでいるのです。殿下にはあまりお聞かせしたくない、裏事情といったものですが」
マイクロトフは少し考えて破顔した。
「使えるものは使う、ということだろう? カミューが好みそうな戦略だ」
ぷっと吹き出したのは青騎士隊長だ。ひらひらと両手を振り、呆気に取られている赤騎士団副長に笑む。
「我らが団長は、ここ幾日かを経て、だいぶ練れておいでです。その点は御心配も無用かと」
ふむ、と納得したように頷く赤騎士の隣、ひとりグランマイヤーが悶々と悩んでいる。治安を守る騎士と、乱す側の人間──と、彼には思える──が友好を結んでいるという部分を理解するのに苦労しているのだ。
「女たちに、往来で客を引かぬよう注意しておいた方が良いやもしれませんなあ」
唐突に赤騎士の一人が呟く。聞き止めた副長はすぐに頷いた。
「そうだな、それも伝えておこう」
そこで初めてマイクロトフは眉を寄せた。
花街で春を鬻ぐ女たち。どういった事情でそのような境遇に在るのかは置いても、彼女らにも誇りはある筈だ。騎士の意見が、さながら恥部を隠そうとしているように聞こえて口を挟まずにはいられななかった。
「待て、そこまで介入せねばならんのか?」
いきなりの、しかも幾分声を荒げての発言。騎士たちはぽかんと皇子に注目したが、すぐに気付いた青騎士団副長が宥めるように微笑んだ。
「おそらくマイクロトフ様の御懸念とは別だと思われますぞ」
「え?」
「我が国では「職に貴賎なし」が信条となっております。無論、完全に遵守されているとは言いません。しかしながら、余所の花街に比してロックアックスの娼……いえ、姫たちは、丁重に遇されている方と言えましょう」
体躯こそ大きいが、一応は未成年の皇子に配慮して、副長は言葉を選びながらゆっくりと諭す。
「しかしながら、此度は別です。行き摺りの気楽さに律を失したものなどに無体を受けぬよう、彼女たちも相手を選んだ方が良い。斯様に忠告しておこう、という訳です」
「そ───そうか、成程……」
確かに副長が言うような事態は有り得る。騎士らの心を取り違えた自身を恥じて、マイクロトフは顔をしかめた。
「すまない。とんだ思い違いだった」
すると副長は満面の笑みを浮かべた。
「いいえ、どうやらフリード殿も同じ意見のようでしたからな。質していただいた御陰で、説明する機を得ました」
「もっ、申し訳ありません!」
名指しされた若者は、仰天して座り直す。騎士の言葉通り、皇子と同じように考えていたのが顔に出ていたのだった。
宰相グランマイヤーが、ふと部屋の隅に鎮座する置き時計に目を向けた。気付いた赤騎士団副長が困ったように微笑んだ。
「ここまでで随分長くなってしまいましたな。公女殿をはじめとする要人警護に関しては、既に資料も頂戴しておりますし……グランマイヤー様より特別の御指示がないようでしたら、我々のみで沙汰致しますが」
「あ、いや……時間に急いている訳ではないのだ、すまぬ」
慌ててグランマイヤーは首を振る。寧ろ、感心していたのだ。
政策議員による閣議は何かと堂々巡りが多く、長時間を費やしても実が感じられないことがある。
それに比べて、この騎士団位階者らの閣議はどうだろう。誰もが真摯に場に臨み、時に冗談を交えながらも、的確に話が進んでいく。優秀な人物が揃っているということだろうが、彼らが政治に携わっていないのが惜しまれるほどだ。グランマイヤーの物思いは、そんなところであったのだった。
「だが、要人警護に関して意見はない。殿下同様、諸君のつとめぶりを全面的に信頼しているからな」
卓に並ぶ騎士たちは感じ入ったように宰相に向けて一礼した。青騎士団副長がマイクロトフへと向き直った。
「マイクロトフ様、お聞きの通りです。我々のつとめは後に改めて、ということで……招集を要された本題の方に移りましょう」
うむ、とマイクロトフは頷いた。途端に跳ね上がる鼓動を抑え、席上で背を正し、一人一人の顔をゆっくりと眺め回していく。
最後にひとたび目を伏せ、再び顔を上げたときには心は鎮まり返っていた。
「みなに集まって貰ったのは他でもない、おれと、そしてマチルダの未来に関る重要な話を聞いて欲しかったからだ」
そんな前置きに、それまで和やかだった騎士の気配が一変する。一同は表情を堅くして、食い入るように皇子を凝視した。遠く離れた末席のものたちは身を乗り出している。
「おれは程無くマチルダの十九代皇王位に就く。王位を継承して先ず、白騎士団長ゴルドーを解任するつもりだ」
最北の村、祖の墓に刻まれたゴルドーの実母の名が一瞬だけ眼裏に浮かぶ。
「過去に、僅かではあるが白騎士団長解任は行われている。が、いずれも内々に、そうと知れぬように位を退かせるのが常だったらしい。ゴルドーにも、生涯を自適に過ごせるだけの手当てと、ロックアックス内に邸宅を与えることを条件に、騎士団除籍を促そうと思うのだが……どうだろう」
一同は複雑な面持ちで考え込んだ。総意を代表するかのように、青騎士団・第一隊長が呟いた。
「……些か御厚情が過ぎるのでは?」
切り出すのは躊躇していたらしい他の騎士らが次々と続いた。
「然様、あの男は幾度となく殿下の御命を殺めようとした罪びとですぞ!」
「何としても確証を掴み、謀略に加担したものをも暴き出して、諸共に粛清すべきです」
「生きてロックアックスに留め置いたところで、改心を期待出来る人物ではありませんぞ」
「落ち着け、そう一度に騒ぐな」
口々に罵る男たちを赤騎士団副長が片手で制した。
「しかしながら、わたしも同感にございます。誠意を示したからとて、必ずしも誠意を返さぬ相手もある。第一に、ゴルドーが黙って除籍に甘んじるとは思えません」
「新皇王誕生で、掌を返したように従順になるなら、それはそれで見てみたい気も致しますが……無理でしょうな」
青騎士隊長が淡々と応じる。
「粛清と称されるほど大掛かりではなくても、やはり謀略の中心だけは取り除いておいた方が後々のためかと思われる」
そこまできてマイクロトフは苦笑した。
「やはりそうだろうか。ゴルドーも一応は王族に名を連ねる立場、暗殺の首謀者として断罪されるよりは平穏な生活を望むかとも思うのだが……加担した騎士も、進んで協力したものばかりとは限らないし」
青騎士団副長が慎重に返す。
「和解を持ち掛けるという案そのものには反対致しません。が、拒絶を前提に構えておいた方が良かろうと思いますな」
「どちらかと言えば、拒絶して欲しい……あやつのために国の予算を使いたくない」
ポツとグランマイヤーが本音を洩らし、聞き止めた騎士らが堪らず失笑した。
「そう致しますと、解任を宣告する時期が問題になりますな。御婚儀、街内パレード……ゴルドーが最後のあがきに出る可能性は多い」
「予め拘束してしまえば手っ取り早いが、仮にも白騎士団長を式典から外す訳にはいきませんからな。忌ま忌ましいことです」
部下たちの意見を聞いていた赤騎士団副長は、そこで穏やかに遮った。
「そうとも言えぬぞ。即位式典はともかく、その後の催しは白騎士団長不在でも支障はなさそうだ」
「成程」
赤騎士団・第一隊長が素早く拳を握った。
「式に先んじて解任書類を用意しておき、即位なさった殿下から皇王印と御署名をいただいて、その場にてゴルドーを拘束してしまえば───」
この流れにはグランマイヤーが懸念を抱いた。
「しかし、ゴルドーも周囲を味方の白騎士で固めるだろう。下手に抵抗されては、式に参席するものたちに害が及ばぬとも限るまい」
「無論、その点には考慮せねばなりません」
赤騎士団副長が静かに頷く。
「本堂内で事を起こさねば良いのです。何がしかの口実を用いて、壇上脇の扉から控えの間に移らせてしまえば、どれだけゴルドーが騒ぎ立てたところで列席者には気付かれません」
マイクロトフは宰相へと目線を向けた。
「案ずるな、グランマイヤー。彼らには数々の任務をこなしてきた経験があるのだから」
援護を受けて感謝の礼を払った赤騎士団副長が、冷静に言い添えた。
「そこで解任通告と共に、先程の殿下の御提案を伝えることになりましょうが……拒否された場合、拘束に及んでも宜しいでしょうか?」
「任せる。穏便に済ませたいが、おれも覚悟は出来ている」
早くも拘束劇を想像しているのか、不敵に笑み合う騎士を控え目に見詰めながら、フリード・Yも決意を新たにしていた。
これまで心底からゴルドーを忌んできた。だが、断罪という結末が現実化したのは初めてだ。これまでゴルドーがマイクロトフや騎士に対して為してきた数々を鑑みれば、斬首、あるいは絞首という最大死罪が適用されかねない。
ゴルドーが和解案を入れれば良し、そうでなければマイクロトフは叔父という立場の人間に対して処刑を宣言せねばならない。その重さを受け止める覚悟を固めた皇子に倣おうと、フリード・Yも心を定めたのである。
一先ずの落着を見て、マイクロトフは語調を改めた。
「ゴルドー解任の次に、今ひとつ、第十九代皇王として宣言するつもりだ」
たちまち静まり返る室内に、その一言は奇妙に柔らかく流れていった。
「───マチルダの皇王制を廃止する」

 

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会議ってのは長ェものなのです。トホホ。

次回は、取り憑かれたような青の一人舞台。
「普通の男になって赤とラブラブ生活」
目指して頑張ってる模様。
いやマジで、そうとしか……。

 

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