偽装の裏側・10


「何と……では、時差を生じて魔法は成功したのか」
感慨深げにメイザースは言い、改めて二人の騎士団長を凝視した。
「すると今はこちらが赤騎士団長で、上に乗っておったのが青騎士団長か」
身も蓋もない言いようをされても、反論出来ない。カミューが恨めしげな視線を送ってきていたが、最後のくちづけに限っては彼も同意していた。その事実に辛うじて守られる心地で無視に努める。
メイザースは破顔して両肩を揺らした。
「やれやれ、さっきは想像が外れたかと驚いたが……良かろう、それで無理なく納得出来る。ああ、案ずる必要はないぞ。この大魔法使いメイザース、日頃から魔道の研究一筋、人の秘め事を吹聴して回るほど暇ではない」

 

───何を『想像』していて、何が『良かろう』で『納得出来る』のか。
魔道一筋の人物が、他人の秘め事の入手に何故こうまで浮かれて見えるのか。
追求したい気持ちでいっぱいだったが、カミューが引き攣ったままなので、これは黙っている方が賢明だろうと考えた。
洞窟に籠もるときの心得なのか、メイザースは回復魔法を宿していた。打ち身を被った青騎士団長に気付くなり、彼は癒しの恩恵を振舞ってくれたのだ。これだけでも楽しげな揶揄いに耐える理由にはなるだろう。

 

「魔法の威力が弱かったのが実証されたな。わしも夜を徹して修錬に励んだ。もっと奥へ行けば、入れ替わった『ごず』と『にちりんまおう』がおるぞ」
メイザースは嬉々として続ける。
「俗な題名だと馬鹿にしておったが、図書館の本は役立った。コツはな、普段魔法を放つときよりも気合いを込めるのだ。すると不思議と魔法の力が増す。間を置かず、前の魔力が残っているうちに続け様に三発の入れ替わり魔法を叩き込むという手も考えたが、使用回数を食うばかりで、実戦向きとは言えないからな」
「……お見事です」
今はそれだけしか言えないらしい。カミューが短く賛辞を述べた。マイクロトフも、入れ替わり魔法自体が実戦向きでないような気がしていたが、沈黙を守った。
「此度の経験で得たものもありますが……やはり元の身体が一番であるように思います」
疲れたように言った伴侶に心から同意して頷く。
「自分の身体でなければ出来ないこともあると知りました。どうか、早く戻していただきたい」
二人、縺れ合って落下したときの情景が過っていた。あのときカミューは必死に庇おうとしてくれていたけれど、もしも互いが本来の身体だったなら、少しばかり比重の重い自分が下敷きになったに違いない。
結果的に、肉体的にはカミューは無傷で護られたが、代償として、一時的にとは言え、息も出来ぬほどの苦痛を舐めた。そしてマイクロトフは、そんな事態に何も出来なかったのだ。
自らを盾にしても想い人を護る、頑なな誓いを砕かれた失意は生半ではない。なのに魔術師は彼の言葉を別の意味に取ったようだった。
「ふうむ……そうか、そうだろうな。確かに出来ぬこともあろうな、うむ」
ほくそ笑みが、あらぬ方向に想像を巡らせているのを匂わせる。しかしこれも、勢いに流され掛けたマイクロトフには抗弁する権利がなかった。
「と、とにかく頼みます。元の身体に入れ替えてください」
「そうしてやりたいのは山々なのだがな」
そこでメイザースは初めて顔を曇らせた。嫌な予感はこんなところでも当るものらしい。
「一晩中修錬に努めたと言っただろう。先程の回復魔法で全ての魔力を使い果たしてしまったわい。少しばかり眠る必要がある」
「そ、そんな……」
「まだ、この状態が続くのですか……」
二人の騎士団長は、悪びれず飄々と言って退けた老魔術師を呆然と見詰めたまま、ゆるゆると肩を落としていった。

 

 

 

 

 

 

洞窟の外には何時の間にか夕闇が迫っていた。
往きはテレポート魔法で飛ばしてもらったというメイザースを後ろに乗せ、本拠地を目指して馬を走らせていたマイクロトフが、隣の馬上に呼び掛けた。
「今回、魔法を使ってみて分かったぞ。あれは体力を消耗するものなのだな」
カミューはマイクロトフの後ろ、ぐっすりと眠り込んでしまっている老人を一瞥して微笑む。
「夜通し鍛練に勤しまれていては……、ね。振り落としてしまわないように慎重に走るんだぞ」
「大丈夫だろう、存外しっかりとしがみついておられるから」
同じように苦笑を溢す。伴侶以外の人間にしがみつかれるのは今一つ嬉しくない、といった意思表示でもあった。
メイザースの鍛練は、畑違いの身には想像もつかない苛烈なものだったのだろう。この点で訓練好きの心が寛容を生み、更に、今のうちに仮眠してくれれば城に着く頃に魔力も多少回復しているだろうといった思惑もはたらいた。
伴侶の肉体の鮮やかな乗馬の技をもう一度堪能し、到着と同時に元に戻してもらえるなら、言うことはない。
「興味深い、難儀窮まりない、……どちらとも言える体験だったな」
ふと、カミューが切り出した。
「さっきおまえが言ったように、入れ替わらねば知らなかったこともある。でも、そうなったばかりに酷い目にも遭った。おまえが自分の身体に対してその気になれる男だとは思わなかったよ」
「自分の身体に、ではない。おまえだったからだ」
憮然として訂正する。
「姿が変わっても中身がおまえだと思えば……想いが変わろう筈がない。それに多少は怯みもしたぞ、やはり自分の顔を慕わしいとは思えないからな」
「……姿形ではないと言ったくせに」
吹き出して、カミューは肩を竦めた。今や、優美なる赤騎士団長が見せる仕種そのものだった。
「でも、わたしも同じだ。おまえだと思えば、多少変化した身体で求められたところで、ああまで動転しなかった。それが自分だというのが一番の難だったのかもしれない」
「おれが完全なる第三者の身体をしていたら許したと言うのか?」
それも不本意な気がして声が尖る。感じたのか、カミューは柔らかく返してきた。
「まったくの第三者になっていたなら、燃やしていたさ」
───透明で穏やかな笑みに潜む不穏。
内なる心情を微笑みの鎧で覆った青騎士団長は、マイクロトフがこれまで目にしてきた何よりも恐ろしかった。
「でも……相互入れ替わりでは、ね。魔法は使えないし、おまえの腕力で思い切り殴り飛ばそうものなら、歯の一本や二本、折れるかもしれない。自分にときめく趣味はないが、その程度には思い遣っているつもりだよ」
「……………………」
でも、と冷ややかな覇気が消え、色彩こそ違えど、馴染み深い優しい瞳が見詰めてきた。
「……おまえが第三者の身体をしていても、多少は燃やすのに躊躇したかもしれないな。たとえ理不尽を強要されても、全身火傷の苦しみを味わって欲しくない程度にはおまえを大切に思っているつもりだし」
「カミュー……」

 

波乱の一日が終わろうとしている。その幕引きに、本来の姿で愛し合えたら、こんなに素晴らしいことはない。

 

「無事に元に戻れたら、さっきの続きを……いいか?」
「それは却下」
だがしかし、屈強の青騎士団長は冷徹だった。
「おまえは感覚が鈍いのかな、たいして気になっていないようだけれど……その身体は十分にガタついている筈だ。今夜はゆっくり湯に浸かって、速やかに食事を取って寝るさ」
想い人への情熱では誰にも負けない肉体に入っていても、やはりカミューはカミューである。悄然としてマイクロトフはぼやいた。
「カミュー……正直に言ってくれ。まだ怒っているのか?」
「それもある」
ぴしゃりと言い放ち、彼は続けた。
「───が、おまえの身体を気遣ってのことでもある。おまえを抱えて落ちたとき、半端に受け身を取った所為で腰を捻ったんだ。回復魔法は受けたけれど、まだ微妙に痛む」
「そ、そうなのか……」
そういった事情では拒絶も已む無しか、と肩を落とす。そんなマイクロトフに、最愛の伴侶は慕わしい美貌の影をちらつかせながら朗らかに言い添えた。
「……でも、この錯綜した一日の最後に、おまえの顔をしたおまえとくちづけるのは悪くないかもしれないね」

 

 

鮮やかな残照が広がる中、本拠地の城が目前に迫っていた。

 

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入れ替わり混乱話、これにて終幕です。

指令者様はずっと
「ホントにこのリクで良い??」と
気にしておられた(笑)ようですが、
私は書いてて楽しかったッスv
でも、やはしこれは絵で見たいネタですな。
っつー訳で、一発どうでしょう、指令者様(微笑)

 

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