STEVE KUHN
BILL EVANS = SCOT LAFAROという幻影に悩まされ続けたのはEDDIE GOMEZ、その人だったかもしれない
"LIVE AT MUSASHINO SWINGHALL"
STEVE KUHN(p), EDDIE GOMEZ(b), BILLY DRUMMOND(ds)
20008年7月26日 武蔵野スイングホール ライヴ 

今回は武蔵野スイングホールにおけるSTEVE KUHN TRIOのライヴ・コンサート。4月のGIOVANNI MIRABASSI TRIO以来だ。
今回のチケットの獲得は友人が行ってくれたが、取るのに大変だったらしい。何でも30分間、電話の掛けっぱなしでやっと取れたということだ。この武蔵野スイングホールはいつもこのやり方なのだが、30分も電話機に釘付けでは取るのも一苦労だ。もっとスマートな方法はないものだろうか?スイングホールは180席と席数も少ないので、ちょっと有名なプレイヤーが来るとこんな状態になってしまうのだろう。

今回の目玉はベーシスト、EDDIE GOMEZの参加だろう。長らく僕のHPを読んでいただいている方にはお察しがつくと思うが、僕はGOMEZみたいなベーシストがあまり好きではない。饒舌型でテクニックひけらかし、ついでに言うと自己顕示欲の塊みたいなプレイヤーは苦手としている。世に名盤として名高いBILL EVANSの"AT THE MONTREUX JAZZ FESTIVAL"(JAZZ批評 188.)も僕には到底、名盤とは思えないのだ。BILL EVANS = SCOT LAFAROという幻影に悩まされ続けたのはEDDIE GOMEZ、その人だったかもしれない。
このGOMEZがKUHNとどういう演奏をするのかということに興味があった。果たして、その結果は?

1曲目に"IF I WERE A BELL"を演じた。これが全然面白くなかった。先ず、楽器の音量レベルの設定が悪い。ベースが過大に増幅されてしゃしゃり出てくる。それでなくても手数の多いGOMEZのことだ、これには参った。3人のプレイもテンデンバラバラで、むしろハラハラしたものだった。初っ端でもあるし、そのうち、油も回ってくるだろうと思っていたが、なかなかそうならない。所詮、KUHNとGOMEZではタイプが違い、水と油の関係なのかなあと思ったりした。途中、GOMEZが亡き父に捧げたアルコ弾きのバラードなどもあったが、音程が不安定で聴くのが苦痛だったし、例の速弾きや弦を打楽器のように叩いたり、和音を弾いたりと忙しく動いたが3者のアンサンブルという点で合格点はあげられない。
ファースト・ステージの最後の曲(5曲目だったと思う)、K. DORHAMの"LOTUS BLOSSOM"になってやっと良い演奏に出会えた。この曲はKUHNの十八番ともいえる曲で1989年録音の"OCEAN IN THE SKY"(JAZZ批評 82.)でも切れの良い演奏をしている。が、そのときのベーシストはMIROSLAV VITOUSであった。ここではGOMEZが力強い4ビートを躍動感たっぷりに刻んでいた。ついつい手数が多くなってしまうのだろうけど、もう少し自制してくれるとこの演奏みたいにトリオがまとまってくるよね。まあ、ネーム・ヴァリューがあるのでKUHNも遠慮するのか、各曲ごとにソロを執らせるものだからたまったものではない。

セカンド・ステージに入ってもGOMEZのスタイルは相変わらずだ。2曲目あたりには不覚にも眠ってしまった。そうこうするうちにセカンド・ステージも終了。何かとても食い足りないうちに終わってしまった感じ。
最後にアンコールが1曲。タイトル名は忘れてしまったが、テーマも良い曲だった。GOMEZのウォーキングで幕を開けたが、このウォーキングが凄くよかった!やれば出来るじゃない!いつもこうやってよ!と思ったものだ。4ビートが躍動していたし、前へ前へと突き進むドライヴ感があった。当然、皆もスイング。ジャズはこうでなくちゃあ!
最後の最後で見せた好演で多少、溜飲が下がった。
全体を通した印象として、僕の耳はGOMEZの方ばかりを向いてしまい、KUHNのピアノもDRUMMONDのドラムスもあまり印象に残っていないのだ。とても損した気分だった。

それでも、このコンサートに前後して、新しい友人やら昔の友人にも会えて楽しいジャズ談義の時間をもてたのは有意義でもあり、とても楽しかった。   (2008.07.31)



独断的JAZZ批評 494.