『ANORA アノーラ』(Anora)['24]
監督 ショーン・ベイカー

 最初は悪くなかったのだが、トロス(カレン・カラグリアン)をリーダーとする三馬鹿トリオの出現あたりから、なんだかなぁという感じになり、イゴール(ユーリー・ボリソフ)、アノーラ(マイキー・マディソン)それぞれの名前の由来を観客に明かすあたりですっかり興醒めした。金満一家のドラ息子であるイヴァン(マーク・エイデルシュテイン)探しにあれほど手間暇かけなければ、もう少し印象が違ったかもしれないが、いくらなんでも90分を超えてはいけない作品で、とても2時間超かけて描く話ではないと呆れ返った。最初から最後まで運びも含めて、丸々いかにもロマンポルノにありそうな筋立てであり、笑いというかおとぼけ、そしてペーソスだったような気がする。三分の一の尺でテンポよく撮れば、ロマポに匹敵するくらいにはなったかもしれない。

 登場人物尽くの痴れ者ぶりに呆れ、その愚行加減に笑いどころか些か退屈してしまった。とりわけ三馬鹿トリオにげんなり。また、チラシの裏面に記されていた“ストリップダンサー”というよりも、いわゆるピンサロ【ピンクサロン:今でもあるのだろうか】のホステス稼業をしているアニーことアノーラが、ただただ喚き回り暴れる姿にもうんざりしてきて、更には彼女を置いて自分だけ逃げたイヴァンの無邪気なろくでなし加減に萎えた。支持する人たちは、一体どういうところが面白かったのだろう。

 すると高校の後輩が酷評ですね。私はアノーラと用心棒の件、途中から二人の満たされない部分が徐々に共感し合うラストまでの流れがよかったと思いました。欲しいものが何でも手に入り教育もなければ他人に何ら慮ることもないクソ野郎になるだけです。我々庶民のほうがいろんな面で幸せを感じるかと。ここ数ヶ月に観た映画で最高得点は『侍タイムスリッパー』です。と応えてくれた。

 確かに流れが好かったと感じた人には、そこに最大の難を挙げている僕の意見は酷評と映るだろうとは思う。けれども、僕には長過ぎたし、幾つかロマンポルノを観ているとテイストが似ているし、これがアカデミーやカンヌで持て囃されて、パルムドールなども受賞しているとなると、いくらなんでもという気になったのだろう。欧米ではポルノと言えばハードコアが主流なのだろうから、'70~80年代の我が国のロマンポルノのような作品群には余り馴染みがないことが作用している面もあるのかもしれない。

 西郷南洲遺訓「不為児孫買美田」の真逆を行くイヴァン一家は、オリガルヒを思わせる桁外れの金持ちだったが、後輩が指摘していたように、教育こそは要だと思う。当然ながら、勘違いの帝王学などというろくでもないものではなく真っ当な教育が、ノブレス・オブリージュの求められる人々には特に欠かせない気がする。しかし、新自由主義の名のもとに、そういう教養・素養を持っている者が大金や権力を握ることにはならない悪辣な競争社会が出現しているからこそ、より広く真っ当な教育が本当は必要になっているのに、ひたすら恭順を植え付けて支配する窮屈な管理教育が蔓延っているように思う。おかげですっかり忖度風見鶏社会になってきて、それを逸脱して突出する者における無法者【アウトロー】の割合が飛躍的に高まり、荒んだ世の中になってきている気がしてならない。

 後輩が近々の最高位に挙げて来た『侍タイムスリッパー』は、そういったものとの対極にある徳性を宿し、描いていた秀作で、奇しくも高知キネ旬友の会から求められて応じた昨年のベストテン投票で、僕が日本映画の第1位として10点を献上した映画だ。同作も二時間越えの長尺だったが、本作とは比べ物にならない引き締まりようだった気がする。
by ヤマ

'25. 4. 6. TOHOシネマズ3



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>