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『裸の拍車』(The Naked Spur)['53] 『ウィル・ペニー』(Will Penny)['67] | |||||
監督 アンソニー・マン 監督・脚本 トム・グリース | |||||
思わぬ巡り合わせというか出会いによって縁の出来た女性との新たな生活を選ぶか選ばないか、対照的な結末で終える西部劇を続けて観る機会を得た。 先に観た『裸の拍車』は、失地回復に囚われて賞金稼ぎになっていた元牧場主ハワード・ケンプ(ジェームズ・スチュアート)が、出征中に恋人の裏切りによって失った牧場を買い戻すことよりも価値あるものを得て、新たな生を歩み始める物語だったが、タフで甲斐甲斐しくデリカシーも備えたリナ・パッチ(ジャネット・リー)は確かに魅力的だったものの、やや取って付けたようなエンディングにも感じた。 金鉱探しに人生を賭けて老いたジェシー・テイト(ミラード・ミッチェル)を小金で雇って、因縁ありそうなベン・バンダーグロート(ロバート・ライアン)をハワードが追いつめた最初の場面と同じような設えの、まるで振出しに戻ったかのような最後の対決場面の設定は、なかなか利いていたように思う。大きな違いが、リナの立ち位置というか心持ちだ。身を挺してベンの助勢に加わっていた最初の対決場面のときと違い、何事につけ冷笑的なベンにはないハワードの傷心に触れ、心変わりに揺れかけていたリナに弾みをつけたのは、外ならぬベンだった。追って来るはずのハワードたちを待ち伏せて狙い撃つ足止めにするためだけにジェシーを無造作に殺してしまう冷酷さを目の当たりにして、リナの心が醒めたようだった。 女性問題で騎兵隊を退役させられたと思しきロイ・アンダーソン元中尉(ラルフ・ミーカー)が胡散臭そうでいて、意外と律義な一方で、少々呆気ない形で変節を見せるジェシーとの対照が目を惹いた。五者五様の人の心の測り難さと人物の捉え難さに妙味のある作品のような気がする。もう少し上手く見せれば、もっと面白くなった映画のようにも感じて少し残念だった。 『誰が為に鐘は鳴る』['43]のイングリッド・バーグマンを想起させるような短髪姿のジャネット・リーは、『サイコ』['60]以外に特に印象がないものの、西部劇のイメージではなかったので、少々意外だった。 オープニングでクローズアップショットの現れた拍車に冠せられた“剥き出し”を添えたタイトルの意味するところは何だったのだろう。人々の様々な心を駆り立て、行動に移させるもののことだろうか。いわゆる欲望というわけだ。 翌々日に観た『ウィル・ペニー』は、黄金の'50年代の後に来た混沌の'60年代の作品だ。え?これ、チャールトン・ヘストン?と驚いた、口髭だけの彼の顔というのは、初めて観たような気がする。牧童なのだから乳搾りは恥ずかしいなどと言う、老いた腕利きカウボーイのウィル・ペニー(チャールトン・ヘストン)が、寄る辺なき境遇に置かれた子連れのアラサー女性キャサリン・アレン(ジョーン・ハケット)と巡り合い、家庭の温もりも知らず、先のことなど真剣に考えたこともなかった己が人生と向き合い、生き直しの機会を得つつも、齢五十を前にして、親子ほどに歳の差がある既婚女性と生きる道は選べずに去るという、なかなか昔気質の映画だった。 期せずしてキャサリンの息子ホーレス(ジョン・グリース)に懐かれ、入浴などの身の回りの世話もしてくれる女性との冬ごもり暮らしを図らずも経験することになって、荒くれ男たちとの宿舎暮らしか牛追い旅の野宿に明け暮れる日々には考えもしなかった、温もりのある生活に戸惑いつつ馴染んでいくウィルの姿に、なかなか味わいがあったように思う。 強烈な印象を残す、説教師【プリーチャー】を自認するクイント(ドナルド・プレザンス)一家の存在が利いていて、終始不穏な空気に包まれていたように思う。彼には、昨今では珍しくもないサイコパス的人物造形として出色のものがあったような気がする。 今どきの映画なら、ウィルがキャサリンとの生活を選ばずに、牧童仲間のブルー(リー・メジャース)、ダッチー(アンソニー・ザーブ)と、酒場での賭け金の回収に向かう生活を選ぶ結末にはならないに違いないなどと思った。 すると「リアリズム西部劇の秀作ですね。」とのコメントが寄せられたのだが、パンはちょろまかしても据え膳には手を付けないウィルの姿がリアリズムか否かは留保するにしても、現実離れしたヒロイックな人物造形でなかったのは間違いない。どちらかと言えば、冴えない姿を晒す場面のほうが多かったように思う。 | |||||
by ヤマ '25. 3.25. BSプレミアムシネマ録画 '25. 3.27. BSプレミアムシネマ録画 | |||||
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