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『満ち足りた家族』(英題:A Normal Family)['24] | |||||
監督 ホ・ジノ
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最終日に駆け込んで観たが、なかなかよく出来た映画で、観逃さずに済んでよかった。図式的と言えば、徹頭徹尾、極めて図式的なキャラクター造形と展開を見せるのだが、見せ方の上手さと演者の力量によって図式を感じさせない血の通いを見せていて、大いに感心した。 チラシに「道徳よりも物質的な利益を優先して生きてきた弁護士」と記されていた兄ジェワン(ソル・ギョング)と、「どんなときにも道徳的で良心的であることを信念に生きてきた」と記されていた弟の小児科医ジェギュ(チャン・ドンゴン)との、どちらからも程遠いのが多くの人間の実相なれば、僕にしても同様で、本作で兄と弟が見せていた対立は自身の内で生じる葛藤の表出と受け取るほかない。僕は、ジェワンであり且つジェギュであり、また、そのいずれでもないという感じだ。 兄弟夫妻の会食シーンが三度登場するが、その三回ともで両者は対立する。最初の会食では、要介護度が重くなってきた生母の施設入所を巡ってであり、あとの会食では、両者の子供【いとこ同士】が起こした重大事件への対応における隠蔽と自首について、どちらが親として為すべきことなのか、両者の意見が入れ替わる形で強度を増していた。どうすべきなのかとの弁辞は、多くの場合、したいことの正当化ないしは偽装であることがよく現れていたように思う。 そのうえでは、ジェギュが息子のシホ(キム・ジョンチョル)と川べりで共に涙を流しながら語り合う場面と、ジェワンがクライアントの青年に被害者少女の見舞いに行くよう促しても示談金の上積みを親に言ってあるから弁護士のほうで上手くやるようにと拒まれる場面を、二つの会食の間に置いてあることが利いていたように思う。ジェワンの若く美しい後添いジス(クローディア・キム)の産んだ赤ん坊【ジェワンの息子】をあやしながら二人の若者が交わす、ある種無防備な会話の録画を観て受け取ったものも、兄弟で大きく違っていたはずだ。 兄はこの機会に自首をさせなければ、娘のヘユン(ホン・イェジ)がクライアント青年のような唾棄すべき人間になってしまうとの思いに見舞われたに違いなく、また、弟は気弱な息子がいとこに迎合する形で調子を合わせている悲しい姿を観て取り、川べりで息子が吐露した姿にこそ真情が現われていたとの思いを強くし、この何とも情けなく弱弱しい息子をなんとしてでも守ってやらねば、との思いに見舞われたに違いない。 その思いの強さが、前に兄が見せつけたレストラン前での暴走とは比較にならない、まさしく兄のクライアントの青年が見せていた浅はかな憤激の暴走と同じ行為をなぞらせていたように思う。同じ怒りの暴走殺人でも、冒頭の青年の「心ない暴走」と小児科医のラストの「思い余っての暴走」との対照が鮮やかだった。さすが『春の日は過ぎゆく』を撮ったホ・ジノだと妙に感慨深かった。 ジスが盗撮した二人の会話をどう受け取るかで、映ってくる子供たちの姿が大きく違ってくる。大人の目がないからといって子供が本心を吐露し合っているとも言えないはずなのだが、会話を盗み聞きした者には、それこそが真実なのだと思いがちだ。そこには、まるで昨今の“旧来メディアの情報にはないSNS情報に振り回される人々”の姿と重なってくるものがあるように感じた。 ヘユンが内心において何らの呵責も感じていないのか、呵責に苛まれるからこその反動で強がって見せているのか、二人の密やかな会話だけでは判らないのは、シホの言っていたことが実はヘユンに迎合しての発言ではなくて、彼の本心だったのかもしれないこととも同じだと思うが、それぞれの父親が、笑い合って密かに交わす子供たちの会話を観て、そのように感じたのも無理はないと思える姿だったように思う。 多部未華子の十代時分を彷彿させるホン・イェジが演じていたヘユンの人物造形がなかなかの曲者だという気がした。いかにもろくでなしのクライアント青年とは違って見るからに聡明でいて、内心に屈折と葛藤を抱えている風情に魅せられた。一見したところとの違いというのは、件の青年に車で撥ねられた男と妻が刻んでいた入れ墨の如く、誰彼になくあるもので、後妻のジスにしても、最初に登場した際の美と富裕生活への軽薄な執心に囚われている印象とは異なる堅実で思慮深いものを見せていたように思う。ジスが何を思って隠しカメラをセットしていたのか、その心根は不明だったが、彼女の撮った画像が事態を決定的に動かしていたのは間違いない。 聞くところによると、本作は四度目となる映画化作品とのことだ。他の三作と観比べてみたい気がした。おそらくは、本作が最も鮮やかな手際を見せているような気がする。 | |||||
by ヤマ '25. 3. 6. キネマM | |||||
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