『キネマの天地』['86]
監督 山田洋次

 奇しくも2012年の浅草映画街の話題が登場する映画を観たばかりのところで、♪蒲田行進曲♪の響きとともに、昭和八年の浅草映画街から幕開ける本作を観た。公開時以来だから、三十八年ぶりとなる。三年前に同じ山田監督作品キネマの神様を観て(小説)「キネマの神様」を材料にして、三十五年前の山田洋次作品『キネマの天地』['86]のリライトとも言うべき映画に仕立て直してあるところに快哉を挙げたと記した際に、再見してみたいと思っていたことが叶ったわけだ。

 物故者がかなりの数を占める実に豪華な演技者陣が、現存者の若々しさも含めて、とても懐かしかった。とりわけ、エンドロールのクレジットではトップに刻まれていた渥美清【田中小春の父、喜八】が笹野高史【屑屋】と交わす森の石松ネタが愉快で、深作作品蒲田行進曲['82]を想起させる松坂慶子【トップ女優の川島澄江】のみならず、平田満【特高に追われる小田切】が登場し、銀ちゃんを偲ばせる人気俳優井川(田中健)が現れるばかりか、軸となる女優の役名が小夏ならぬ小春(有森也実)だったりすることを懐かしく愉しんだ。本作での有森也実は、実に好いと改めて思った。

 また、ビオフェルミンは戦前からあったのかと驚くとともに、昭和八年が、後に平成天皇となる明仁現上皇の生年であることに言及していたところが興味深かった。そして、小津安二郎による大映作品の浮草['59]は観ているものの、座長の名が駒十郎ではなく喜八のほうの松竹の昭和八年作品『浮草物語』は、未見のままなので、劇中に看板が出ていた『非常線の女』と併せて観てみたいものだと思った。往年を偲びつつ、映画という娯楽に対する自負と先人への敬愛に満ちた、なかなかの作品だという気がした。
by ヤマ

'24. 4. 4. BSプレミアム録画



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