『高校教師 成熟』['85]
『感じるんです』['76]
監督 西村昭五郎
監督 白鳥信一

 これが赤坂麗のデビュー作『高校教師 成熟』か。なかなか魅力的な女優さんなのだが、なぜ一年余りで姿を消したのだろう。四十年近く前の公開時に『夢犯』監督 黒沢直輔)と『美姉妹肉奴隷』監督 藤井克彦)という最後の出演作二本を観ているだけだが、記憶に残るロマポ女優だった。本作は、'80年代半ばの作品ながら、どこか'70年代的大らかさというか囚われの無さ、そして放蕩感があったような気がする。

 石間佳代子(赤坂麗)と米田しず子・邦夫(渡辺良子・中田譲治)夫妻という三人の同窓生の関係の浮遊感が、妙に面白かった。佳代子の同僚教師である正岡悟(北見敏之)のルーズさも、明らかに“自由の体現”などというものとは異なるものとして描かれていたように思う。

 四人が四人とも身体の成熟と性の享楽は得ながらも、心身症や引き籠りに見舞われたり、職を投げ出してみたりして、人間的にはおよそ成熟には至れずに彷徨っていたように思う。邦夫が口にした「同志的結合」という言葉に、作り手のなかにある屈託が窺えたような気がした。


 すると、半年余りして奇しくも『感じるんです』を観る機会を得た。これが天使のはらわた・赤い淫画で、我が“女優銘撰”入りをしている泉じゅんのデビュー作かと思いながら観つつ、いかにも '70年代らしい性春お馬鹿映画だと、当時十八歳だった僕の懐かしく情けない時代の空気を呼び起こされた。あの時分とにかく、暗くじめじめしたイメージを性から払拭すべく、脳天気なまでに明るく楽しいセックスが謳い上げられていたことを思い出し、あの頃気分を誘われた。

 しかしながら、現実にはなかなかパンコ(水城ゆう)やジュン(泉じゅん)のような女の子と巡り合うことはなくて、よしんばあったとしても、医大浪人生テレパン(信太且久)がそうであったようにむずかしいんだな、セックスするってと未経験のジュンに言われるような体たらくが有り体だったわけで、引用されていたわかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁのフレーズに、当時流行った松鶴家千とせによる俺が昔、○○だった頃、○○は○○だった。○○は○○で、○○は○○だった。わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁを思い出し、「○○」に童貞やら処女やらモテやら浪人やら、青春の日々にまつわる言葉を入れれば、ちょうど本作が醸し出していた雰囲気が蘇ってくるように感じられた。「タッチ魔」などという言葉も何十年ぶりに耳にしたことだろう。

 そして、喫茶店の壁に貼ってあった、かき氷の値段がイチゴ、メロン、レモン、アズキとも350円だった時代の若者における性体験において、いわゆる商品化の部分がまるでないところが爽やかで、そこに金銭などという卑しいものを持ち込んできたテレパンの母親(絵沢萠子)に対して、ジュンが300万円を吹っ掛けたうえで、カネで身を穢さぬよう全額を教会補修に寄付して、あくまで明るい性の聖性を貫いていた屈託のなさが心地好かった。

 あの伸びやかな鷹揚感は、今の若者が奪われ失くしているものだという気がしてならなかった。かつて若者にとってセックスというのは、男でも女でも生の好奇心の最たるものだったのに、今やたとえ金銭ではなくても売り物やらパワーゲームのツールになっているような気がする。

 ハンモックに揺られながら、ワルサー(影山英俊)と励むパンコの揺れる豊かな胸を覗き込み、未経験のセックスへの想いに揺れるジュンを映し出していたオープニングシーンが好く、中盤での井上陽水の愛は君に乗せて展開された場面が微笑ましかった。




*『感じるんです』
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/4862932243806320
by ヤマ

'23. 3.16. GYAO!配信動画
'23.10.19. WOWOWシネマ録画



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