『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』['21]
 (Simone, Le Voyage Du Siecle)
監督・脚本 オリヴィエ・ダアン

 観る前にドキュメンタリー映画なのだろうと思っていたら、劇映画だった。エンドロールで現れた監督・脚本のオリヴィエ・ダアンの作品は、十六年前に観たエディット・ピアフ~愛の讃歌~['07]も、九年前に観たグレース・オブ・モナコ 公妃の切り札['14]も、なかなか観応えがあり、本作もまたシモーヌ・ヴェイユ(エルザ・ジルベルスタイン/レベッカ・マルデール)の圧巻の人生を描いて見事だった。

 それにしても、大した女性だ。'44年にニースで偽造IDを密告されて一家諸共逮捕され、十六歳でアウシュビッツ送りになって過ごした一年足らずの収容所体験が、社会的影響力を持つ立場になってから後の彼女の生き方を決定づけていたことが非常によく分かる見事な構成に感心した。法曹資格を得た後、政府筋で働く夫アントワーヌ(オリヴィエ・グルメ/マチュー・スピノシ)の伝手で司法省に勤めるようになって、司法官として収容と排除は違うと刑務所改革やアルジェリア戦争による逮捕者の処遇改善に精力を傾けて実績を挙げた後、彼女が徹底して人権擁護と女性の権利保護に精進し、非政治家ながらも保健大臣となって、後にヴェイユ法と呼ばれる人工中絶の合法化を根拠づける法律の制定を果たしたことにしても、'90年代半ばに世界を席巻したエイズ禍に対して隔離された患者の話の聴取を重視していたことにしても、全てはそこから端を発していたのだろう。

 また、キブツと思しき農場で働く二男を訪ねていた1970年当時、そう言えば、イスラエルの首相は女性だったとすっかり失念していたことを本作が思い出させてくれた。当時、キブツは社会主義的な理想的な共同体と目されていたような覚えがあるが、いわゆる極右政権となった今の強権イスラエルにはもうなくなっているのではなかろうか。

 '92年のボスニア紛争の際、各国が立ち位置を定めかね議論に明け暮れている状況に憤激し、赤十字でもなんでも使って国際社会が今直ちに救出に向かわないと、いくらでも人々が死んでしまう、議論などしているときかと叫んでいた場面に痺れた。三十年近く前に観たクロード・ランズマン監督による『ショア』と同じ名の財団の理事長も務めていたことが劇中で示されていた彼女は、2017年に亡くなっているようだが、今も健在なら、現在、ガザ地区において行われていることに対して、何と言うことだろうなどと思った。

 本作は、エディット、グレース、シモーヌと合わせた三部作になっているらしい。前二作とも観る機会を得ていたから、コンプリートできてよかった。ほかの二人は既知の人物だったが、シモーヌは全然知らずにいたから、よりインパクトがあった。夫アントワーヌの成長ぶりも好くて、なかなかいい歳の取り方をしているではないかと感心した。




参照テクスト
 “シリーズ緊迫パレスチナ情勢①~③”を観て
by ヤマ

'23.11.19. 喫茶メフィストフェレス2Fホール



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