『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』(La Vie En Rose)
監督 オリヴェ・ダアン


 10代の頃よくラジオで、落語や講談・音楽番組などを聴いていたのだが、そのなかに確か夜十時から始まっていたように思う“日立ミュージックインハイフォニック”というお気に入りの番組があり、何回かに分けてエディット・ピアフの半生をドラマ仕立てで放送していて、それを聴いて大いに感じ入った覚えがある。僕の記憶のなかではその放送は、後に演劇化され自身の代表作ともなった美輪明宏による歌と語りで構成されていたように思うのだが、そこのところにはあまり自信がない。もしかすると、当時の放送は美輪明宏によるものではなかったのに、後に彼による『愛の讃歌』に放送メディアで触れて、僕が混同しているところがあるのかもしれない。けれども、エディット・ピアフという存在との最初の出会いが“日立ミュージックインハイフォニック”だったのは、間違いがないように感じている。

 多感な時期に受けた感動には及ばないながらも、この映画もなかなかの作品で、齢五十に至らぬままに今の僕よりも若い歳で1963年に亡くなったエディット・ピアフが、1960年のステージで「何も後悔することはない」と歌うラストシーンの歌唱に感銘を受けた。観終えてみると、劇中にて混在していた時系列が末期の病床のなかで蘇ってくる回想における飛躍をイメージ化していたものだと判るが、エディット(マリオン・コティヤール)の様相の違いを際立たせたメイクと年代表示で区別を促してはいながらも、彼女の生涯のアウトラインを知ってないと少々分かりにくい構成になっていたようには思う。だが、もうとてもステージに立てる状態にはなかった彼女が、かつて戦地に赴く前に兵士姿のままで楽曲を持ち込んできた音楽家がいたときと同じようにして自分の元に持ち込まれた新曲水に流してに、これこそが自分の求めていた自分のための歌だと感じ入り、気力を奮い起こさせてもらって立ったステージでの最後の輝きというものが、いかに彼女の末期においても大きな意味を持つものであったかを示すうえでは、この作品で取った少々分かりにくい構成も、充分にその必然性に対しての納得感が得られるものであったように感じる。時系列の飛躍と反復が分かりにくさを誘うという点では、イニャリトゥ作品を思わせたりもするのだが、この納得感をもたらしてくれるだけの必然性において、イニャリトゥ作品に感じられるような悪癖的な作り手の趣味嗜好とは一線を画するものがあったように思う。

 2時間20分は、少々長すぎたようには思われるのだが、半端な創作ドラマよりも遙かに劇的で波瀾に富んだ人生を見事に演じていたマリオン・コティヤールが圧巻で、多年にわたる深い飲酒癖に加え、妻子あるボクサーで最愛の恋人だったマルセル(ジャン=ピエール・マルタンス)を飛行機事故で亡くしてからは、麻薬にも溺れるようになっていた実生活の荒みのなかで、からくも彼女の命を繋いでいたのが歌であると同時に、その歌とステージへの没頭こそがまた彼女の生を蝕み追い込んでいたようにも映る人生であったことを雄弁に語っていたように思う。娼婦宿を振り出しに大道芸からキャバレークラブ、劇場ステージへと登り、遂にはアメリカにも渡り、音楽の殿堂とも称されるニューヨークのカーネギーホールのステージに立つに至るわけだが、ステージアップを重ねるに連れ、確かな洗練を身に付けながらも、ある種の品のなさを魅力に変えて持ち続け、その魅力をずっと変わらず保ち続けると同時に、幼い頃に彼女を失明から救ってくれたと信じている聖テレーズへの敬虔な信仰や実の母にはなかった“母なる愛”を教えてくれた娼婦ティティーヌ(エマニュエル・セニエ)への思慕を抱き続けていた魂の透明感といった、何とも並立しにくそうな要素の全てを感じさせる特異なキャラクターというものを余さず体現していたように思う。それにしても、死が目前に迫っていた時点でのエディットは、本当にあれほどに老け込んでいたのだろうか。とても五十歳前とは思えない様相に、深酒と薬物依存のツケの凄まじさを見るような思いがした。

 邦題のサブタイトルが“愛の讃歌”となっていることやかつてのラジオ放送での記憶から、エディットとマルセルの恋の熱情と彼の事故死による失意や絶望に大きく焦点が当てられている物語かと思っていたので、少々意表を突かれた気がしたが、作品としての品格は、恋愛を主軸にしていなかったことで、予期した以上のものになっているように感じられた。惚れ込める歌に出会えたときのエディットが一気に興奮と煌めきを放ち始めて喜ぶ様子がまさしく恋の出会い以上のもののように見えた。本当に“歌こそ全て”とも言うべき人生だったのだろうと思う。


  『水に流して(NON,JE NE REGRETTE RIEN)』
Non,rein de rien  Non,je ne regrette rien  Ni le bien qu'on m'a fait
Ni le mal  Tout ca m'est bien egal
Non,rien de rien  Non,je ne regrette rien  C'est paye,balaye,oublie
Je ma fous du passe・・・
by ヤマ

'07.10.13. TOHOシネマズ2



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