『すずめの戸締まり』
監督・脚本 新海誠

 東北大震災から、もう間もなく一回りになるのだなとの感慨が湧いた。十年ひと昔、十二年一回りということからすれば、もう昔のことになるわけだが、十二年前に失われた事物の記憶を新たにするという視点だけならば月並みだが、サダイジンの憑依した環【声:深津絵里】の口を借りて十二年間で失われたものへの言及をしていた点が目を惹いた。もちろん何かを得れば何かを失うように、何かを失えば何かを得るというのが人の得失だと思うから、憑依から醒めた環が姪の鈴芽【声:原菜乃華】に明言していたように失う一方だったわけではないとしたものだ。物語の運びとしては、些か唐突に現れた環のこの叫びが印象深かった。

 宮城から宮崎まで離れるには至らずとも、実家を遠く離れた人は数知れず、震災前は思いも掛けなかった十二年を歩んできている人々は数多いることだろう。それにしても、天の岩戸と雀のお宿を足し合わせたような名の岩戸鈴芽の、言わば“憑かれたような列島縦断の旅”を観ながら、この神憑りの救世済民観というのは、いったい何処から来たものなのだろうと訝しく思えるとともに、僕がちょうど本作の鈴芽や宗像草太【声:松村北斗】の年頃に親しんだ、荒井由実の♪ルージュの伝言♪、松田聖子による♪SWEET MEMORIES~甘い記憶~♪、井上陽水の♪夢の中へ♪、斉藤由貴が歌う♪卒業♪、河合奈保子の♪けんかはやめて♪といった歌が続々と流れてくるところに、妙な眩暈感を誘われるようなところがあった。

 また、何とも得体の知れない化け物がミミズと呼ばれていたことに、ヒミズ(監督 園子温)を想起し、イメージ的には『もののけ姫』の森の神を想起した。いまの日本社会に対して、要石の抜けた危うさを感じている人々は僕を含めて、本作に描かれた“ミミズの姿の見える人々”よりは遥かに多いはずなのだが、戸締まりする鍵も覚悟も持ち合わせず、けっきょくミミズの見えていない人々と変わらぬ日々を過ごしていると改めて思った。日本社会の“失われた十二年”に対して、返す術もなくただかしこみかしこみもまをすしかない体たらくが嘆かわしい。

 『ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』が宿題になったままだが、天気の子』の日誌にも記しているとおり、新海誠だとやはり言の葉の庭秒速5センチメートルが好いと改めて思った。




推薦テクスト:「お楽しみは映画 から」より
http://takatonbinosu.cocolog-nifty.com/blog/2023/01/post-17934e.html
by ヤマ

'22.12.16. TOHOシネマズ6



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