『幻影師アイゼンハイム』(The Illusionist)
監督 ニール・バーガー


 本筋は、幻影師アイゼンハイム(エドワード・ノートン)と公爵令嬢ソフィ(ジェシカ・ビール)の恋物語なのに、観終えたときは、家具職人の息子エドゥワルドと肉屋の倅ウール(ポール・ジアマッティ)との友情物語の側面が心に残る、まるで『カサブランカ』のような作品だった。

 それにしても、ポール・ジアマッティは、いい役者だ。最後の場面で、彼の演じたウール元警部がアイゼンハイムを追って見失った駅のホームで見せていた笑顔に宿っていた恍惚感が見事で、このとき彼が見ていた幻影こそ、幻影師アイゼンハイムが彼に見せた幻影の最高傑作とも言うべきものだったことが、何とも心地よく沁み渡ってきた。

 事件の実際の顛末も彼が見たとおりのものだったら素敵だなと思ったが、それだとアイゼンハイムことエドゥワルドがソフィに再会して直ちに、かつて果たせなかった“公爵令嬢ともども自分たちを完璧に消すトリック”をレオポルド皇太子(ルーファス・シーウェル)に罠にかける形で仕掛けていたことになる。だが、皇太子には最初からDV癖があって女性を一人死なせているという話があったのだから、そういう罠を仕掛けるに足る相手だったということなのだろう。

 それにしても、レオポルドの皇位継承計画を出し抜いて、まんまと継承権剥奪計画を成功させ、追い詰める手口は見事だったが、思えば、皇太子を追い詰めること自体は、ウール警部のしたことであって、アイゼンハイムの功績ではなかった。だからこそ、ウール警部の知りたがっていた“オレンジの木”のトリックをネタ帳を渡す形で教えたのは、エドゥワルドからウールへの「お見事! ありがとう」との御褒美だったような気がする。

 幼き別離のときに果たせなかった消し去りの技を為し遂げ、時や場所を隔てても“忘れられぬ恋心神秘”に長年迫り続けたピュアな心持ちを保っているアイゼンハイムなれば、仮に事件の顛末がウール元警部の推理とは違ってソフィの命が潰えていたとしても、かのペンダントを取り戻させてくれたことだけは間違いないのだから、それだけでも「お見事! ありがとう」は通用する。

 イリュージョンの種明かしと同様にソフィの生死の実際が明かされていないからこそ、ウールに推理させて見せたものがアイゼンハイムの仕掛けた幻影の最高傑作であるということが、生きてくるわけだ。実に巧い脚本だ。そして、見せ方もとても上手かった。濡れ場まで幻影風味にしなくてもいいじゃないかとは思ったけれども、イリュージョンというモチーフを活かして、なかなかこうは撮れないように思う。大したものだ。



推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20080608
推薦テクスト:「超兄貴ざんすさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=819990531&owner_id=3722815
by ヤマ

'12. 2.26. アートゾーン藁工倉庫・蛸蔵



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