プロフィール

郡山市久留米水天宮船太鼓振興会は、ふるさと久留米との絆を大切にし、次代を担う子どもたちの健やかな成長を願い、郡山市久留米で活動しています。


写真は、平成24年8月に実施した総本宮における研修会の状況

水天宮船太鼓とは
今を去る八百年の昔(寿永4年)、壇ノ浦の戦いに平家一門滅亡の運命となり、第81代安徳天皇様は8才の御幼帝にて「そもそも尼前、我をばいづちへ具して行かんとするぞ」と仰せられ祖母二位の尼は「あの波の下にこそ極楽浄土とてめでたき都の候、それへ具し参らせ候ぞ」とて主上を抱き参らせ入水せられました。この時、平家の兵も源氏の兵も軍鼓、また、船べりをたたいて、その幸薄い御幼帝の御幸を嘆き悲しんだという。いつの頃からか、その故事に因んで、全国総本宮水天宮(福岡県久留米市)では、同年輩の子ども達により、御幼帝の御霊をお慰めする行事として今日に至っております。



郡山市久留米水天宮船太鼓振興会
郡山市の発展の礎は、明治初期の「安積開拓」と「安積疏水の開さく事業」にあります。その中でも、旧久留米藩士が全国9藩の先陣として、刀を鍬に持ち替え入植した歴史から、昭和50年(1975年)8月3日に郡山市と久留米市が姉妹都市の盟約を締結いたしました。  それ以来、両市民の交流の中において全国総本宮久留米水天宮に伝わる水天宮船太鼓を当地に伝えようとの機運が熟し、指導者と子ども達が現地で指導を受けて参りました。  このすばらしい伝統を守り、広めていくために平成2年4月に設立されたのが始まりです。