村に戻ると残っていたみんなで儀式の後片付けをしていた。テイルスは黙って手伝いに入った。
レナルドが中心に指示を出していて、それを遠巻きに眺めた。

その夜テイルスは誰よりも先に床に就いた。後で帰ってきたレナルドが声を掛けてきた。




「テイルス、もう寝ちゃった?」






返事はしなかった。眠かったわけではない。音量のない声はまるで遠くから響くかのよう。彼は構うことなく話を続けた。




「黙っていたことは謝るよ。でもこれは僕らにとって必要な試練なんだ。」




今日の儀式のことだ。言い訳をするんだったら聞きたくない。寝相を装って、声に背を向ける。









「この小さな島で集団生活するのは簡単なことじゃないんだ。土地も食料も、何もかもが限られている。気象だって穏やかな日ばかりじゃない。
そんな中で争いごとは絶対に避けなくちゃならない。余計なエネルギーを費やすのを避ける為に。」


静かにだが力のこもった口調。暗闇の室内に響いてすっと溶け込む。


「一族をまとめ上げるためには誰かを中心に一つにならなくちゃいけない。そしてその人物は長の役割を担うのにふさわしいと、
周りに納得させるものを示す必要がある。誰もが納得するようでないとそのうちみんな言うことを聞かなくなる。
反対するものが現れ、争いになり、一族はばらばらになる。」

テイルスは体を強張らせた。ひじを引き膝を抱え、小さくなった。
















「僕らは試練が目に見えてやってくるから幸せなほうだと思うよ。普通は予想もつかない形で、突然やってくるんだ。」








握った手に力が入る。汗がにじみ始めた。








「でも僕らの場合、何かがあってからじゃ遅いんだ。初めから備えて、結束を強める必要がある。」























クゥ神の像は傷や痛みだらけでぼろぼろだった。相当長い時間、それも穏やかでない、そういった時間を経てきた姿だ。
絶海の孤島に取り残された一族にはもうこの島しかない。その居場所をなんとか維持するために苦心してきた姿。わかってる。



















「人望が得られないから死ぬことは無いと思うだろうけど、だめなんだ。認められなかった場合、それを蔑む者も現れる。本人だって辛い。
そういった心の変化を人々の中に起こしてはいけない。」
















わかったんだよ。あのときに。理解をしても、それでも僕はまだ納得なんかしない。


















「ほんの些細なことで、小さな綻びから壊れてしまうから、失敗したときの防衛ラインとして最後に残された方法でもあるんだ。」







どうしてだよ。









「テイルスのおかげでまた僕らの生活は続いていくよ。」









そんな悟ったみたいな言い方して。








「でも僕は思うんだ。」








死んだかもしれないのに。










「本当は人望があったのはテイルスのほうだったんじゃないかな。」


だれかが入ってくる気配がした。レナルドは話すのをやめてその方を向いた。


「族長。」
















アトラージ。足音でレナルドの側まで歩くのがわかった。




















「今夜だけは、よろしいのでは?」




「・・何が?」

























テイルスもわからなかった。ただ口調は目上に対するもののままだったが、雰囲気がまるで、子どもに言い聞かせるような穏やかなものだった。





「あなたは今日、正式に族長になられた。つまり明日から一切甘えが許されなくなる。弱音や泣き言も、一つとして。
ですから、今夜だけは、その任を忘れてもよろしいのではないでしょうか。」
























二人は押し黙った。暗闇と静寂の中では様子をうかがい知ることは出来ない。
長い時間が経過した後、それはただの感覚でしかないが、レナルドがこちらに体を向けて、話し出した。

































「本当は、怖かったよ。僕も父さん、母さんみたいに死んじゃうのかなぁ・・って。クゥ神に理不尽に殺されて。
自分で精霊になるなんて言ったけどさ、全然そうじゃないって、僕自身が一番わかってた。二人とも、ただ死んじゃっただけだ、何も無い。墓だけだよ。
それでも僕の家系は長の一族だったから、幼いうちから僕が代理で勤めることになったんだ。ほら僕、しっぽが二本あるじゃない。
それが一族の証。クゥ神に試される事を確約され、将来二人と同じ立場に立つ。決まっていたんだ。それはもう、逃げ出したかった。
でも今さっき僕が言ったみたいに、必要な、大切なことだったんだ、あの儀式は。
わかっていたから、村のみんなが大好きだったから、背くことは出来なかった。そして選ばれた外の相手に、僕は安心していたんだよ、テイルス?
キミはとっても純粋で優しくって、僕らのことを本当の仲間みたいに思ってくれた。
キミになら僕の命を預けられるって、信頼できるって、だからあのとき、儀式台の上にいてもキミだけを見つめていた。
そしてキミは信頼に応えてくれた。死なないですんだ、ううん、それよりも、キミと離れ離れにならないで済んで、本当に安心したんだ。
手を掴まれたとき嬉しさが込み上げて来た。ありがとうテイルス、僕らこれからも一緒だよ。本当に、本当に、テイルス、キミでよかったよ。
テイルス、ありがとう。」


















最後のほうは涙声になっていた。ずっとずっと秘めていた思い。感情と共に全て吐き出されてきた。聞いていたテイルスもまた、涙していた。
もう泣きじゃくって、全部聞いていたことが二人にもわかってしまった。だからテイルスは上体を起こして、レナルドに抱きついた。
信頼できる大好きな親友をもっと近くに感じたくて、もうそれしか思いつかなかった。強く抱きしめて、レナルドも同じようにしてくれた。
そして言葉を返した。同じく涙声で。

























「僕もレナルド、キミと出会えてよかった。」


























抱擁し合いながら、テイルスの中に赤と緑の心が渦巻いた。





































浜辺に置き去りにしたトルネード号の元へやってきた。これから島を出るのだ。見送りにみんなやってきた。
これが飛行機だよ、とレナルドに声を掛ける。約束だったからだ。そして飛ぶ姿を見せるときが、別れ。
こんな形で本当に飛ぶの、声が上がる。大丈夫、心配ないよ。だから飛び立つのを急かすのはやめて。本当なら僕はずっとここに居たいんだ。
でもそうはいかない。僕らは赤と緑、元々別のところにいたのだから。僕には帰るべき場所が、待っていてくれるヒトがいるから。





















「元気で。」

















短い言葉だ。レナルドは村人たちの手前子どもみたいな言動はもうしない。年齢に似つかわしくない落ち着きを彼は見せている。
きっと自分と同じくらいに悲しいのに表情は穏やかなまま。最後に操縦席に乗り込んだテイルスに握手を求めた。応じて手を差し出す。
握り返す力は強かった。硬く、離したくないと言いたげに。テイルスも離すことなく握り締めた。
それも長くは出来なかった。彼の方から名残惜しげに解いた。




















「いつかまた遊びに来るよ。」

















そんなことは二度と叶わないと知っていた。彼も同様、わかっている。
微笑みに細めた目には悲しみが隠れていて、その瞳には同じ顔をした自分が映りこんでいた。
この島はクゥ神が守っている。二人を会わせたのもその神だ。どんな神様よりも厳格に彼らを守り抜いてきたそれが、
必要も無いのにまた同じ部外者を入れるはずが無い。きっと島を出たらこの場所はもう見つからない。


それでも言葉にしたかった。こんな風に考えるから余計にもう一度を期待したい。また泣きたくなって来たが、
自分が泣き出すと折角威厳を示している彼の行為に水を差してしまう。彼を困らせるわけにはいかない。ぐっと、こらえた。


エンジンを掛けると唸りを上げ轟音を響かせた。
しばらく構わないでいたのにとても元気だ。旧知の仲の友はまた一緒に飛べることを喜んでいるように思えた。
慣れた手つきで計器類や操縦桿の具合を確かめる。どれも正常。
プロペラ音でもう声を掛けられなくなった。あとは飛び立つだけになってしまった。出力を上げ発進させる。
砂浜を滑走路に仕立て離陸した。そして旋回した際に彼の顔を見た。ずっとこちらを向いている。首には緑火石のペンダントを下げていた。
























振り返り見た島は次第に小さくなっていく。緑色は遠く遠く青の中に飲み込まれていった。
今更海に塩水を一滴二滴垂らした程度ではその嵩は変わるはずも無い。

































テイルスは空が青くてよかったと思っている。前を向いてその向こうにいる、よく知った青の下へと北を目指す。














































<其の者、大鳥を従え地に降り立つ。水面に映るかたち見つけ鳥唄えば、信に適う思いを得たり。>











































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不思議な島、不思議な一族との文化交流の終焉。
さぁ帰ろう。

やたら白いページ。改行だけでおよそ700行。