_ こりゃ小説じゃないな、というのが『黒死館殺人事件』の印象。探偵小説界のアンチ・ロマンか。博覧強記と牽強付会で出来ている感。確かに詰め込まれた衒学趣味はもの凄いが、読んでいてだんだん法水麟太郎の態度に苛々してきたのもまた事実。作中の熊城氏の気持ちもわからんではない。法水がさんざん衒学的長広舌をふるった挙げ句、その推理が見事に外れるところなど、つい「ばーか」とか思ってしまった。『ドグラ・マグラ』で口直しでもするか。
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他の法水もの3篇『後光殺人事件』『聖アレキセイ寺院の惨劇』『オフェリヤ殺し』は、犯人の動機ではなく犯人の拵えた仕掛け(メカニズム)に重点がある印象。唯一法水ものでない『完全犯罪』が一番読みやすかった。
_ 久しく足を運んでいなかった《猫額洞》に行き、『失われた日本の風景・都市懐旧』(河出書房新社)を頂いてくる(文庫版のバイロス画集もあったが、ある勘違いをしてゲコ。これも頂いてくるんだった……)。戦後直ぐから昭和30年代の東京や地方都市の生活風景を集めたもの。筆者はこの時代を経験しているわけではない(生まれてもいない)が、自分の子供時代を通り越して、こういう風景を一層感慨深く思うのはどういうわけだろう。人間が人間臭く生きている、そんな印象を受けるからだろうか。
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ついでに、その《猫額洞》のCoCoさんから、一昨日の記述に対し反応を頂いた。あのペダントリーは黒死館の外装タイルだった由。なるほど。しかしああまで大仰にこねくり回されると、個人的には白けてしまう(最近のライトノヴェルでは、設定をぎっしり詰め込んだりと、そういう方向がむしろ好まれるらしいが)。それよりは軽妙な語り口の久作(『ドグラ・マグラ』なら殊に『外道祭文』)がよい。