収骨の話
 
母が九十五歳で亡くなった。父は二〇年以上前に亡くなっているので、これで背後を守ってくれるついたてがすべてなくなったような気がした。また、おとこ親とおんな親では亡くしたときの感じ方に違いがあるような気がした。父を亡くしたときには今回ほどには衝撃を感じなかったように思う。もちろん記憶が薄れているのもそう思う理由の一つであろうが。
 
火葬の前後で、亡くなった人に対する感じ方が大きく変化することを、収骨のときに気がついた。もとの姿で遺体が残っているときと、骨と灰になってしまったときでは、死者に対する感じ方の違いは大きい。
 
棺も、花も、着物も、体も、顔も、すべて焼失し、わずかばかりの白い骨と灰になって遺体が炉から出てきたとき、はっきりと死者との別れを確認させられたのであり、まさに焼けば灰、埋めれば土になる体、を実感させられた瞬間であった。これはかなりこたえた。その悲しさの中には、自分自身も遠からずそうなるということに対する悲しみも混じっているのだろう。収骨は葬儀のときに越えなければならない分水嶺だと思った。良寛さんがこんな歌を残している。
 
煙だに、天(あま)つみ空に、消へはてて、面影のみぞ、形見ならまし
 
歎くとも、かへらぬものを、うつし身は、常なきものと、思ほせよきみ


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