男体山(なんたいさん。2484メートル)

   平成十八年十月二六日(木)曇

男体山は栃木県日光市の中禅寺湖に端正な姿を映す百名山の一峰。二荒山(ふたらさん)神社のご神体になっている山なので二荒山とも呼ばれ、「奥の細道」に「黒髪山は霞かかりて雪いまだ白し」とあるのもこの山のことであるが、黒髪山の名の由来は不明。

男体山の名はこの山を男の神と見てのもので、近くには女峰山(にょほうさん)、太郎山(たろうさん)、大真名子山(おおまなごさん)、小真名子山(こまなごさん)という山もある。もちろん男体山が父、女峰山が母、その他は子供、ということであろう。女峰山や太郎山をご神体とする神社もある。

二荒山神社の社殿は三ヵ所にあって、日光東照宮の横にあるのが本社、男体山のふもとにあるのが中宮祠(ちゅうぐうし)、山頂にあるのが奥宮(おくぐう)となっている。二荒山の名は観音菩薩の浄土の補陀落山(ふだらくせん)から来たとされ、日光は二荒の音読みのニコウから来たとされる。

男体山は千二百年以上まえに勝道(しょうどう)上人が開いた信仰登山の山。栃木県芳賀町(はがまち)で生まれた上人は、町の西方にそびえる男体山に登ることを発願して修行を積み、山麓にたどり着くことさえ困難であった男体山登頂を、西暦七八二年三月に成しとげた。中禅寺湖畔で一週間読経して心身を浄めてから入山し、山中で二晩、野宿しての登頂であった。そのとき上人は四八歳、三度目の挑戦であったという。

こうした千二百年以上まえの初登頂の詳細を知ることができるのは、弘法大師の詩や書簡を集めた性霊集(しょうりょうしゅう)に、その登頂のことが載っているからである。石碑を立てるからと頼まれた弘法大師が初登頂を祝う碑文を作り、それが性霊集に記されているということである。その後この山は修験道の霊山となって多くの修行者を集め、明治の始めまで回峰行(かいほうぎょう)も行われていた。

表登山道の登山口になっている登拝門(とうはいもん)は中宮祠の中にある。そのためここから登るには登拝料五百円を払わなければならず、神社が開く六時以降でなければ入山できず、確認はしなかったが下山の時間制限もあると思う。そのうえ山開きは五月五日、閉山は十月二五日となっていて、この期間外は原則として登山できない。

そのことを知らなかった私は、十月二六日に登る予定で出発し、前日の午後おそく確認のため中宮祠へ行くと、今日の午前十時に閉山祭を行ったので入山できないと言われ、せっかく福井から来たのだからと頼んで何とか許可してもらった。つまり期間外にこの山に登るには、五百円払った上にお小言まで頂戴しなければならないのである。と思っていたらそうでもなかった。

私が登頂したときすでに十数人の登山者が山頂にいた。先行者は一人しかいないことを社務所で確認済みなので、どこから登ってきたのかきいたら、裏側の志津越え(しずごえ。志津峠)から登ってきたという。志津越えからの方が近いし、お金もかからないし、お小言もない、ということでこちらから登る人の方が圧倒的に多いようである。志津越えには駐車場はないが林道に駐車できるという。

とはいえ表登山道は悪いことばかりではない。男体山をご神体として祀る神社にお参りしてから、勝道上人が初登頂したときに歩いた正面から登るというのは魅力があるし、駐車場も完備しているし、振り返れば眼下に中禅寺湖、かなたに富士山も見える。だからはじめての人は表からの方がいいと思うが、表登山道に水場はない。なお志津越えからの道も修験の古道である。

表登山道は急登の続く道であるが、三合目と四合目の間は林道歩きになる。この林道は砂防ダムを作るためのもの、男体山は急峻な火山なので崩壊が激しく、そのためナギと呼ばれるたくさんの谷が山肌に刻みこまれている。山を見上げたときに見える縦の筋がナギ、ナギの中には無数の砂防ダムがたち並び、ダムは今も増殖中である。

五合目までの林床には色つやのよいクマ笹がすき間なく生えていて、クマ笹と苔むした古木の取り合わせがよかった。これだけの原生林が残っているのは神の山なればこそである。カラ松の黄葉にも心をひかれた。黄葉した葉と緑の葉が一本の木の中で入り混じり、見事としか表現できない美しさであった。カラ松は新緑も黄葉も美しい。

近くにやはり百名山になっている、男体山より百メートルほど背の高い日光白根山がある。ところが八合目に登るまで白根山がみえなかったので、手前にある山を白根山と勘ちがいしていた。自分が高く登らないと、どれが本当に高い山か判断できないものである。低い所から眺めると近くの山ほど高く見えるが、登っていくと低い山は視界から去り、ひと目で高い山が分かるようになる。これは人も同じだと思う。

山頂は直径が四百メートルほどもある古い噴火口の一部分。奥行きのある山頂には奥宮、社務所、二荒山大神の像、避難小屋、山の案内盤などがあった。

今回の寄り道は東照宮に代表される一大観光地、日光。巨費を投じて作られた建造物群を見れば、誰でもここが日本有数の観光地であると納得できるはずである。派手な建物がたくさんあるから、外人さんを案内するには打ってつけの場所だと思うし、現に外人さんが多かった。

ここでとくに感心したのは杉並木の見事さ。空に向かって真っすぐに伸びる杉の巨木を見上げていると、空に吸い込まれていくような気がした。宇都宮方面から来る人は、日光街道の杉並木を見上げながら走って来ることになるが、この並木は行く手にすばらしいものが待っていることを予感させてくれる。

関越道の沼田から日光へ向かう途中に、吹割(ふきわれ)の滝という天然記念物の滝があった。この滝になにげなしに立ち寄ってみて、その迫力と、滝らしくない形と、渓谷美に驚かされ、知らずに通過してしまうのはもったいない場所だと思った。

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