萩谷由喜子の著書 12

目次) 2013年9月17日 刊行、11月12日 紀伊国屋書店 書評空間 BOOKLOG に京都大学 根井雅弘教授 の書評


★ 『宮澤賢治の聴いたクラシック』
● 宮澤賢治の最期
   昭和8年9月21日午後1時30分、宮澤賢治は37歳の、短いながら多くのことを発信した稀有な生涯を閉じました。
 すでにその2年前、昭和6年の9月に、病をおして40キロの石灰資材見本入りトランクを提げて花巻から上京中、高熱を発してお茶の水の旅館に倒れた賢治は、半死半生で花巻の実家へ戻るとそのまま病の床に就き、2年間、病床にありました。
 昭和8年、花巻地方は近年にない豊作で、それを喜んだ賢治は、豊作祝いの祭礼の神輿を一目拝みたいと、 9月19日夕刻、床から起き上がって家の門の前に出て、神輿が家の前に差し掛かるのをじっと待ち、午後8時に通過する神輿を拝んだあと、床に就きました。
 翌20日、前夜の夜露がこたえてか呼吸が苦しくなり、花巻病院から医師に往診してもらうと急性肺炎と診断されます。
 ところが、夜7時頃、農家の人が肥料の相談にやってきたのです。賢治は、そういう用件ならば、会わなくてはいけないと、その人を通して貰います。賢治が、その農家の人のまわりくどく、要領を得ない話を根気強く聞く間中、家の者はみな、いらいらしていました。
 翌21日、往診した医師は「どうも昨日のようではない」と、家族に告げました。
 母イチは何かよい薬はと思案し、雑貨商を営む実家に熊の胆を届けて欲しいと電話をかけました。まもなく、イチの父親の宮澤善治がみずから熊の胆を持って飛んできてくれました。
 そのときの賢治はきちんと会話もでき、頬には赤みも射していたので、祖父はほっとして、くれぐれもよく養生するようにと、孫に言い聞かせ、帰っていきます。
 昼近く、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と唱える賢治の声が二階からきこえてきました。
 家中の者が驚いて二階にかけつけると、喀血して青ざめた賢治が合掌して一心不乱にお題目を唱えていたのです。
 さすがに男親、父政次郎は覚悟を決めて、「賢治、なにか遺言することはないか?」、と問いかけます。すると傍らの母イチが、「そんな縁起でもないことを、きかんでやってください」と涙ぐみ、両親は小さく、悲しく、いさかいます。
 賢治は微笑み、苦しい息の下から「国訳妙法蓮華経を一千部作って、知り合いの方たちに差し上げて下さい」と父に頼みました。
 それを言い残して安心したのでしょうか。
 そのあと少し水を飲み、オキシフルをつけた脱脂綿でみずから体を清拭し、その脱脂綿を取り落した時には、すでにこ世の人ではなかった、ということです。
★ 賢治没後80年に、賢治の聴いた『運命』を、『新世界』を、『牧神』をお聴きください!
2013年9月21日は、賢治の80回目の命日です。
 このたび、没後80年の記念企画として小学館から上梓した『宮沢賢治の聴いたクラシック』は、賢治とクラシック音楽との関わりを具体的に解き明かし、賢治が実際に耳にしたクラシックのレコードを特定して、それらの音楽が彼の創作に何をもたらしたのかを、探る賢治探求本です。
 そして、実際に賢治が聴いたレコードの音を読者のみなさまに体験していただくべく、当時の音源からそれらを復刻したCDを2枚添付してあります。
 たとえば、賢治の最高傑作とされる『銀河鉄道の夜』には、
 銀河鉄道の旅をするジョバンニとカンパネルラの車室に同乗した女の子が、どこからか聴こえてくる音楽の調べを聴きつけて、「新世界交響曲だわ」とつぶやく場面があります。
 賢治は実際に、ドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』を愛聴していたのです。
 では、それは、何という指揮者とオーケストラによるいつのどんな録音だったのか、本書では、それを徹底的に洗い出し、ついに行き着いた録音の音源を入手、世界初復刻しました。
 ほかにも、心象スケッチ『春と修羅』執筆の起爆剤となったベートーヴェンの『運命』
 詩『小岩井農場』との関連性を指摘される、同じくベートーヴェンの『田園』、
 病の床で愛聴した『牧神の午後への前奏曲』など、全16曲を、すべて賢治の聴いた録音そのものから、ここに再録、あるいは初復刻してあります。
 そんなことが可能だったのも、賢治研究家の佐藤泰平先生と、レコード音楽研究家・コレクターのクリストファ・N・野澤先生の温かなご協力あってのことでした。
 ことに、野澤先生とのコラボレーションとしては、これが最後の企画となりました。
 完成した本を、先生のお手にとっていただけなかったことは残念ですが、ディスコグラフィーのほか、一文もお寄せいただけましたことは、ありがたかったと思っております。
 先生、ようやく、完成いたしました。どうか、天国からご覧になって、お耳を傾けてくださいませ。

 この企画は、小学館に長らく温められてきたものでした。
 わたくしは2010年にこのお話をいただいたとき、とてもそんなだいそれた研究は身のほどに過ぎたるもの、と遠い遠い世界のことのように思っていたのですが、もともと、賢治は敬愛してやまない大好きな作家。少しずつ、賢治の童話を読み返し、あるいは、これまでちょっと敷居の高かった口語詩、文語詩の世界にも足を踏み入れて、賢治への思いを強め、今年の「賢治没後80年」という記念年を逃したら、もう書くパワーの湧くことはあるまい、と、2月の『諏訪根自子』上梓後、こちらにひたすら集中してまいりました。
 この間、筋金入りの賢治研究家である、小学館の横山英行編集長、玄人はだしのレコード音楽研究家である、独立行政法人・国立文化財機構理事、辰野裕一氏の惜しみない助言と豊富な文書資料提供、温かくも容赦のない叱咤勉励をいただきましたことに心より感謝いたします。
 ありがとうございました。
 どうぞ、みなさま、賢治が聴いたのと同じ、『運命』を『田園』を『新世界』を『牧神』を、ぜひ耳になさってみてくださいませ。
 賢治文学の秘密を解く手がかりが、ここにひそんでいます。
 大正末から昭和初年にかけての日本のレコード音楽文化がどのようなものであったのかも、手にとるようにわかります。当時の日本人のその受容力はきわめて高く、その時代に西からの音楽の風に魂の震えるような感動を覚えた賢治や、高村光太郎や、高田博厚や、尾崎喜八といった若き詩人や芸術家たちが、それを発奮材料として優れた芸術を生んだ、その文化つながりが、ここに復刻された貴重音源から、伝わってくるものと信じております。
   賢治ファンも、クラシック・ファンも、ベートーヴェン好きも、ドビュッシー愛好家も、歴史好きも蓄音器愛聴家も、童話好きも、通りすがりの方も、どなたにお読みいただき、聴いていただいても、必ず何かを受け取っていただけると信じております。


『宮澤賢治の聴いたクラシック』
★ 京都大学教授 根井雅弘先生の素晴らしい書評
2013年11月12日
このたび、紀伊国屋書店の 書評空間 BOOKLOG に、拙著 『 宮澤賢治の聴いたクラシック 』 について、
京都大学教授 根井雅弘 先生 が素晴らしい書評を書いてくださいました。  みなさま、是非 こちら をご覧くださいませ。


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