東 漸 寺(とうぜんじ)
  日蓮宗大法山東漸寺は、もと真言宗に属し、開基高明院日理上人は、北条重時の嫡男で石川式部勝重といった。
 元徳元年(1329)富士郡大石寺2世、日目上人の弟子となり、日目上人を開山として山号を大法山、寺号を東漸寺とした。日目上人は、日蓮宗六老僧白蓮阿闇梨日興上人の弟子で、駿河国富士郡安居村(現富士宮市安居山)の東漸寺と、同国神原(現蒲原郡蒲原町蒲原)の東漸寺、谷村の東漸寺の三刹を創建した。その中で、谷村の東漸寺が最初に創立された。身延山13世日伝の代に身延末となった。
 昭和24年5月の谷村町大火により全焼し、今の本堂は昭和57年5月に再建された。

 高山家の墓と五輪塔
 谷村城主秋元氏に仕えた高山家は6家あり、それぞれ重臣で、先祖以来日蓮宗を菩提寺としている。東漸寺には、芭蕉が来峡したとき世話をした高山伝右衛門繁文の父と祖父の墓のほか、高山一門の墓石が祀られ現存している。
 その中の、五輪塔二基は、家老職であった高山五兵衛長重と嗣子繁春の墓石で、長重は土木事業に精通し、群馬総社時代の天狗岩堰、谷村に移封後開さくした谷村大堰の事業の御用掛を勤めた人で、正保3年(1646)7月7日、58歳で没した。

 芭蕉句碑
 境内には、芭蕉とその弟子高山麋塒の句碑が建立されている。
  松風の落葉か水の音涼し 芭蕉
  人は寝て心ぞ夜を秋の昏 麋塒
東漸寺山門 高山家の墓石 芭蕉句碑
【詳しく知りたい人】
 松 尾 芭 蕉   高山伝右衛門繁文(麋塒)
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