長 安 寺
 浄土宗禅定山長安寺といい、本尊は阿弥陀如来である。長安寺の境内は、昔、都留郡守護小山田氏の別荘地であったと伝えられている。
 天正13年、都留郡領主鳥居元忠は、谷村を訪れた感貞生誉上人(北条氏綱の子)の人柄に感銘し、小山田氏の別荘地をそのまま寺院とすることを思い立ち、自ら開基となり、感貞生誉上人を開山として禅定山(前城山)智光院長安寺を建立した。寺はその後、たびたびの火災で焼失し、現本堂は享保10年(1725)建立のものを昭和58年に修復したもので、木造銅板葺間口10間、奥行9間、本堂は、当市中最大で、平成2年2月20日県の文化財に指定された。
 開山の感貞和尚は名僧の誉高く、徳川家康が巡視の時、対面を申し入れたが、病を理由に会わなかった。
家康は元忠を使いとして、一宗を立てては如何と言ったが、英名を嫌い承諾しなかったので、茶壷一口を下賜したといい伝えられている。この茶壷は今も寺什として保存されている。
 古器什物類には、茶壷のほか琢磨法眼筆真向弥陀像、恵心琢磨法眼筆弥陀三尊像、涅槃像極彩色、浄土曼陀羅極彩色などがある。

 観音堂
 聖観世昔菩薩は、武田信玄の守り本専と伝えられている秘仏で郡内33番観世音の第2番札所になっている。 ご詠歌に「良き世をただ安かれとこの寺の仏をおがむ身こそたのもし」とある。
 長安寺本堂
【詳しく知りたい人】
 徳 川 家 康   鳥 居 元 忠
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