神郷(かみごう)   倉見山(くらみやま)
 南北朝期にみえる郷名。古代都留郡の賀美郷に比定されているが未詳。
 正平22年(1367)6月25日付の2通の後村上天皇綸旨(南部家文書・中舘文書)により「甲斐神郷半分大和守跡」が南部薩摩守信光に「甲斐国神郷三分一大和守跡」が信光の叔父南部兵庫助信助に宛行われており、神郷に所在した某大和守の遺領が南部氏に与えられている。
 同日「甲斐倉見山三分壱中野入道跡」がやはり信光の叔父にあたる南部左馬助政持に与えられており、この「倉見山」も現西桂町倉見に比定されている。

 なお、この神郷を南部氏の所領地波木井からそう離れたところではなかったとする考えもだされている。(小山田了三「中世南部家文書の地名神郷と倉見山に関する考察『郡内研究』第6号)

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