笠 井 光 謙(かさいこうけん)


 笠井家は、代々谷村にあって医を業とした。光謙は笠井恭安の長男として天保11年
(1840)11月14日に生れ、4歳のとき父に従い江戸に出て勉学し、11歳のとき帰郷し
て興譲館に入り雨宮六園に学び、のち遊学して洋医を学んで帰国し父の業を継ぎ、明
治元年に興譲館の教授となった。
 明治4年興譲館は公立小学校となり、その訓導となり主として支那学を教授したが、
明治5年学制にもとづく学校の設立により退職した。明治13年県立谷村病院に奉職、明
治32年谷村町有志とはかり、西涼寺を仮用して私塾瓶城学館を開設して、その責任者
となった。大正6年9月12日没、東漸寺に眠る。
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