| 槇 田 斯 興(まきたしこう) | ||
| 天保元年(1830)西桂町小沼に生れ、谷村興譲館の雨宮哲助に学び、更に江戸に出て鷲津毅堂の門に入り勉学数年、雨宮六園の死により帰郷して文久2年その後をつぎ興譲館の教授となった。漢学に通じ、詩文に優れ、真斉、芳蘭と号した。 元治元年教授を辞し、私財を投じて小沼に盍簪塾を設け、また谷村にも支校を設けて7歳より15歳の子弟を教育した。明治6年学区取締人となり桂町の小学校建設に努力し、また、谷村に金融機関饒益社を設けた。これが谷村における銀行の始めである。明治22年12月9日、59歳で没す。 |
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