| 三吉村(みよしむら) |
| 戸沢、玉川、法能の3村が明治8年9月15日に合併してできた新村である。南都留郡町村取調書にも、村名の由来は「三ケ村ノ合村ナルヲ以テ三吉村卜称ス」とある。この三か村は、菅野川と戸沢川ぞいの村々で、西側の谷村に向かっての道路ぞいに展開しており、村役場は明治14年には玉川組にあるが、掲示場は少し離れて、菅野川と戸沢川の合流点に近い、三村からの交差点(宮原)に位置している。学校も、法能の宮原にあって、村役所に近く、明治7年2月に開校している。 この地域の田養水や飲料水には戸沢川や菅野川からの小規模な堰からの引水によっている。地質は石地二分、砂地三分、そして野土六分とそう良くない。穀物は米麦、野菜は大根などが最も多い。また桑が多く栽培されている。 村民で農業は222戸であるが、そのうち養蚕を兼ねているのは198戸とどこの家でも従事している。この他は工は8、商も6と少なく、銃猟も2、漁業は3である。市郡村誌では、戸数が212、人口は1172(男574、女598)である。他へ寄留が32、他よりの寄留は99である。 神社は各組にそれぞれ氏神を持ち、寺院も専徳寺など各地にある。昭和17年谷村町と合併する。 |
| 【詳しく知りたい人】 都留市史資料編 近現代 1993 都留市史編纂委員会 都留市史 通史編 1996 都留市史編纂委員会 |