旧東桂村古渡出身で、当時東京電燈会社の社長であった神戸挙一は、母堂の米寿を記
念し、児童の健全な育成を願って、当時の金で2万5000円を寄附し、講堂を建築した。
鉄筋造り約500平方メートルの講堂は、当時県内の学校施設としては最大のもので、
「児童の愛郷の精神が育つように」と、「愛郷学堂」と名づけられ大正15年8月7日落成
式が挙行された。
この講堂は、60年にわたり児童や地域の人達に利用されてきたが、老朽化が激しく、
昭和60年3月、新しい屋内体育館建設のため取り壊された。
地域の体育館建設後援会は、神戸翁の愛郷精神を後世に伝えるため、中曽根総理(当
時)筆の「神戸挙一翁顕彰の碑」を建設し、4月13日に除幕式が行なわれた。 |
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新築当時の愛郷学堂 |
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