清水豊掌(しみずとよたか)
天保元年(1830)12月25日、南都留郡宝村第68番戸、岩村貞良の弟で、名は辰三郎とい
い、明治13年盛里村123番戸(現在朝日馬場403番地)清水家に入夫し、伊三郎3女ハク
と結婚した。
 旭岳麟の生家に近く屋号は「向恵」という旧家である。
 大政奉還により、岳麟が紀州侯を辞し、故郷盛里へ帰り画筆をふるっている頃、絵に
関心をもち岳麟に弟子入りし絵の道に専念、雅号を豊掌と号した。
 豊掌の作品は、現存するものは非常に少なく、人に依頼されれば描くくらいで、自分
の家に残されている絵はなく、「蚕養神尊影」を謹写した軸と、馬場2組で「秋葉山」
の軸、または、本光寺本堂の天井絵数枚が残されている。
 なお、清水家には岳麟描く「辰三郎父母の像」と「山水人物画」の軸、波羅密の絵軸
があるほか、岳麟の下絵が多く保存されている。
 豊掌は、大正5年(1916年)2月10日、86歳で没し
た。
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