| 警察取締所(けいさつとりしまりじょ) | ||
| 警察制度が法制化した歴史はまだ浅く、明治5年8月中央警察機関として、司法省内に警保寮を設け、警保係を長として全国の警察を統轄したのが、警察制度の法制化警察組織の具体化した第一歩であった。 本県においては、明治6年3月本県職制の庶務課中に取綿掛を置き、同年7月取締掛を廃して監察を置いたが、同7年4月更に監察を廃して警察掛を置いた。その職制中聯区(都留郡は第4聯区)の長を兼ね、番人を総括した。これより警察所番人屯所の称もあった。 (警察署の設置) 明治 6年 8月 5日 取締出張所が県下を4聯区に分けて16ヶ所に設置された。都留郡(第4聯区)は、下谷村(受持区域1区、2区、3区、8区、9区)のほか、浅利村・下吉田村・上野原村に出張所が設置された。 7年 6月 3日 出張所を改置し、第4聯区は、下谷村(受持区域1区、2区、3区、4区)上吉田村・大橋駅(今の駒橋)、上野原村に置いた。 8年12月28日 警察出張所及び巡査屯所を増置する。第4聯区は、谷村を出張所(受持区域1区、3区、4区、2区の内宝村)とし、屯所を福地村・初狩村・大原村・上野原村に設置した。 10年 2月14日 警察出張所を警察署、巡査屯所を分署とし、その設置する所の地名を冠称し、谷村警察署と改称した。 10年 8月27日 谷村警察署猿橋分署が猿橋警察署に昇格した。 11年10月 敷地購入(下谷215番地の1) 12年 谷村警察署庁舎を谷村215番地 (下町東電隣地)に新築した。 13年11月15日 従来の各警察署を廃して5署を置く。都留郡の谷村・吉田・初狩・上野原の警察署を猿橋警察署に合併し、同16日旧谷村警察署を猿橋警察署出張所とした。 14年 再び谷村警察署となり、谷村ほか20ケ村をその管内とし、吉田に交番所を置く。 23年12月 本館改築(木造亙葺建坪77坪) 24年3月 南都留郡警察署と改称して南都留郡のうち、谷村ほか8ヶ村を所管、交番所を吉田分署と改めて福地村ほか11ヶ村を管轄した。 29年 三たび谷村警察署と改称 大正 8年 4月 吉田分署は昇格して吉田警察署となった。 15年 7月 谷村署管内を谷村町、宝村ほか7ヶ村に改めた。 昭和 2年 1月27日 署長官舎及び演武場 (32坪5合)落成 16年2月 谷村警察署庁舎改築委員会(委員長谷村町長小林治郎)を設け寄附を求める。 16年 16年度中において建築予定地として上谷180番地の2ほか13筆(新町の旧警察署敷地)の土地及び家屋を買収。 23年 谷村町に自治体警察が設けられ、谷村町警察署と改称して宝村ほか5ヶ村を管轄する。 旧丸甲(株)の土地、建物を買収して庁舎とした。 23年10月 3日 警察署庁舎建設委員会(委員長原田盛蔵)が発足し、委員会において庁舎として使用に不便なきよう完成整備することを議会の議決により委任した。 24年 上谷180番地の2に庁舎が竣工。 24年 4月17日 建設委員会解散式を警察署2階会議室において挙行する。 26年 9月27日 町村警察の維持について住民投票が行なわれ、廃止多数 廃止賛成2、190(77%)反対588(21%)の結果自治体警察を維持しないことに決定した。 10月 1日 谷村町警察は国警へ移管された。 29年 7月 1日 山梨県警察が発足し、都留警察署となった。 45年 3月25日 都留市下谷3丁目2番18号に新庁舎が竣工し移転した。 47年 2月21日 警察署庭に都留警察署殉職警察官頼彰碑修復移転建立事業が完成し同日除幕式を挙行する。 |
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| 【詳しく知りたい人】 『都留の今昔』 1978 都留市老人クラブ連合会 都留市史 通史編 1996 都留市史編纂委員会 |