谷 村 学 校(やむらがっこう)
 江戸時代の庶民教育は、寺子屋、塾があり、武家の子弟教育は、幕府や諸藩が設けた藩校や郷学により行なわれていた。森島其進が開いた「朋来園」、小俣周仙の「無事庵」、三吉の「正蓮寺」や「専徳寺」、夏狩の「瑞雲舎」など都留市内の各所に塾が開かれ、庶民の子弟教育が行なわれていた。
 天保13年(1842)谷村代官佐々木道太郎が、谷村陣屋内に教諭所を設けた。これが嘉永4年(1851)「興譲館」となり、一般子弟を教育したが、明治4年12月新政府の指導により、公立小学校となった。明治5年8月、学制が頒布され、戸長小林宇十郎は有志とはかり、6,000円を募り旧陣屋建物を修繕して仮校舎とし、公立小学谷村学校として開校した。
 明治10年、旧校舎建物を静岡裁判所に買却し、寄附金を募って谷村城跡地688坪を買収し、明治11年3月、新校舎新築に着手し、その間長安寺を仮校舎とした。明治12年2月23日、建坪136坪、工費4,000余円をもって新校舎が落成して明治12年4月に開校し、全生徒に教科書を与えた。藤村式といわれる洋風二階建の校舎で、正面2階の内室に「御真影」、「教育勅語」が安置され、右柚館2階には太鼓がつるされ、始業、終業の合図に叩かれた。
谷村学校校舎(明治12年建築)
【詳しく知りたい人】
都留市史資料編 近現代 1993 都留市史編纂委員会
都留市史 通史編    1996 都留市史編纂委員会
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