#2なぜ、私が死なずにすんだのか?

マスコミの発表では、コロナ騒動の中で自殺された方は8000人超とされております。私は、胃袋をえぐり取られたように苦しくなります。

一歩間違えれば、私もこの自殺者の一人としてカウントされていたでしょうから。 実際、死ぬしかないと思ったことはありました。

それを思いとどまったのは、私の妻と友人のおかげです。

電気、ガス、水道が止められていく中で、自暴自棄になったときもあります。(お金がないくせにお酒は買ってしまうんですよね。)

そんな時、フィリピン出身の妻が私に言いました。「私が子どものときは、もっと貧乏だったよ。」11人兄弟姉妹の妻は、日本人では想像できないほどの極貧生活を送っていたそうです。

電気、ガスなどそもそもない、水は5キロ以上先の共同井戸まで汲みに行く。靴など買えないから裸足で学校に行く。口減らしで遠い親戚のうちに預けられ、小学生の彼女はメイドの仕事です。

テレビはないから金持ちの家の窓から覗き見する。そのうちの子が意地悪してカーテンを閉めると泣きながら家まで戻ったそうです。

そんな話を聞いているうちに、自分はたいしたことないと開き直ることが出来ました。

私の窮状を見かねた空手道場の館長は、空手指導の仕事を任せてくれました。現在支部長として仕事をするきっかけになりました。

その日の支払いもままならない私に、日払いの仕事をさせてくれた飲料会社の社長も我孫子青年会議所で仲良くしてくださった方です。

また、冬の寒い時期に灯油を買う金もない。たまたま様子を見に来てくれた幼馴染は、黙って灯油を買ってきてくれました。久々についた石油ストーブの火を見て、悔し涙が流れました。寒さが苦手な妻も泣いていました。

その後も幼馴染たちは、経済的にも精神的にも援助してくれました。

自分を支えてくれた人たちは絶対に裏切らない。そのためにも私は、絶対に負けられない。人生のリベンジを果たします!