プログラミング言語 Scheme の規格は Revisedn Report on Algorithmic Language Scheme と呼ばれる文書で提供されている。 略して RnRS と記述されることが多い。 n の箇所は版の番号が入り、例えば現時点の最新版であれば R7RS ということになる。
その他、公式な規格とは別に SRFI や ERR5RS がある。
これから入門する人にとっては最新規格である R7RS を参考にすればよさそうに思えるが、現実的なプログラミングにはやや機能が不足すると考えられる。 一方で、大き目な規格であった R6RS は主要な Scheme 処理系作者が賛成しなかった経緯があるなどしてあまり歓迎されていない様子がうかがえる。 また、 SRFI が各規格と矛盾する場合などもあり、単純ではない。
一部の処理系は複数の規格をサポートしている場合もある。 更に一部の処理系は複数の規格を切り替えて使えるだけでなく混在も可能にしている場合もあり、どれかひとつの規格に習熟していればよいというものではない。
規格・処理系を横断して調べたい場合には Scheme Cross Reference が便利なので活用するとよいだろう。
R3RS までの規格についてはサポートしている処理系はほとんどない。 歴史的経緯に興味があるのでなければ実質的に無視してよい。
R4RS あたりから今の Scheme らしさが見受けられ、実用事例も急激に増えてはいるようだ。 今では R4RS 処理系のほとんどは既に更新もされないままになっているのでこれから実用に使うことはまずないだろうが、 R4RS を前提とした古いコードが残っていることは有り得るので大まかには押さえておくといいだろう。
R5RS は R6RS よりひとつ古い版の規格である。 しかし、 R6RS は R5RS との互換性を維持しておらず、 R6RS に対する批判 (後述) を考慮すると当面は R5RS 処理系も使われ続けると考えられる。 実際、現時点において規格別に処理系を挙げると R5RS 処理系は特に多い。
日本語訳として鈴木版、犬飼版、村上版、大岩版の 4 つが知られている。
鈴木版と村上版が特に人気があるように見受けられる。 用語の訳に違いがあるなどするため、一応いくつかには目を通しておくことを勧める。
公式規格とは別に SRFI という形で別途議論されている仕様がある。 提案に対して意見を求めて議論するという形式をとっている。 提案は誰でもすることが出来て、集まった意見をどのように反映するか、また、提案を取り下げるか確定するかも提案者の裁量で決定する。 Scheme の規格の一部ではないが、ライブラリが不足気味の Scheme において移植性の高いコードにするために処理系はある程度 SRFI の仕様を取込むことが期待される。 C++ で言うところの Boost のような感覚に近いが、ライブラリだけでなく言語そのものに言及するものも含む。
SRFI の内容を新しい Scheme の仕様に取込んだり、仕様制定の前段階として SRFI を議論の場として使うこともあるので規格と無縁ではない。
R6RS は R5RS に比べて急激に大きくなった。 その更新によって盛り込まれた最大の特徴は syntax-case
マクロとライブラリシステムだろう。 R5RS で曖昧だった点の明確化や実用性を考慮した UNICODE まわりの整備等も盛り込まれている。
細かい部分の練り込みが足りないという批判や、Lisp らしい動的な性質を強く制限してしまって使い勝手が悪くなっているという意見もある。 必ずしも実装者・ユーザの大多数に受け入れられているわけではない。
日本語で運営されている実質的な Scheme のポータルサイトである Practical Scheme に設置されている Wiki で R6RS の日本語訳が進められている。
ERR5RS は R6RS に不満を持つ人達が別の方針で固めようとしている規格である。
急激な変更を避け、 SRFI のいくつかを R5RS に足し合わせたようなものになっている。 R6RS への反発が動機の大くを占めるため、 R7RS が固まったことで存在意義が薄まっている。
現在 (2023 年の終わり) では拠点となるウェブサイトも存在しておらず、事実上消滅したものと思われる。
言語の中核である R7RS-small と大きなライブラリである R7RS-large に分けて検討しており、 R7RS-small は 2013 年に制定された。
R7RS-Small の翻訳の主なものとして milkpot 版と oitomo 版がある。
R6RS の次の規格でありながら R7RS-small は R6RS ではなく R5RS を元に欠点を埋めた上でいくつかの基礎的なデータ型やそれらを扱う手続きを追加する程度の小さな変更にとどまっている。
R7RS-large は期日については明確な予定はないが、かなり巨大なものになる予定であり相応に長い期間で議論することになると予想される。 状況は WG2 Dockets にまとめられている。 議論すべき内容はいくつかに分かれていて、現時点 (2020年7月) ではデータ構造に関する Red Edition と数値関連の Tangerine Edition のみが終わった段階である。
R7RS Pico は R7RS-small でも大きすぎる場合のために提案されたより小さい仕様であり、その実装として rust_pr7rs が提供されている。
数多い Lisp 系言語の中で特に Scheme を象徴する機能と言われているのは「第一級継続」である。 継続の前身とも言えるアクタの概念によって様々な制御を再定義するというところが Scheme の出発点でもあるので、理論上の背景としても重要だと考えられる。 Scheme のチュートリアルでは第一級継続を用いて非決定性オペレータやコルーチンといったものの実装を試みるのがもはや定番となっていて、非常に面白い概念である。
とはいうものの、実用上ではそれほど頻繁には使用されないにもかかわらず実装に強い制約を強いることから実用指向な実装者やユーザーからは存在意義を疑問視する声もあり、アカデミックな意味論を重要視する層との間に亀裂を生む要因ともなっている。
末尾呼出しの回数に制限を設けないことが規格で要求されている。 実質的には末尾文脈における関数呼出しをジャンプに置き換える最適化を要求していると考えてよい。
この特徴によって、一般的な言語ではループで表現するところを再帰で表現することが出来るため、 Scheme ではループのための構文をプリミティブな機能として持つ必要がない。
実装レベルでは他の言語でもこの最適化を行う場合は多いが、言語仕様として記述しているというのは目をひく特徴である。
もうひとつの特徴として「ハイジニックマクロ」が挙げられる。 このマクロシステムは名前の衝突を自動的に回避するところから、展開する場所によって意味が変わることが無いという利点がある。
R5RS から導入された syntax-rules
だけでは機能として不足していると考えられていることや、 syntax-rules
はハイジニック性を実現する能力とパターンマッチの機能の複合機能であることからパターンマッチを排除したより簡潔な機構についての提案が複数ある。 explicit-renaming や syntactic-closure である。 これらの機構は能力的には等しいことが知られており、どれを採用するのが望ましいかという議論には決着がついていないが R7RS-Large では explicit renaming が採用される見込みである。
Scheme の規格は小規模であるが、 (他のどの言語でもそうであるように) 入門者が規格だけ見て使いこなすのは実質的に無理である。 特にマクロや継続は入り組んでおり、例示や演習問題を通じて理解するのが早道と考えられる。
ここでは主要なチュートリアルを挙げる。
かなり基礎の部分から Scheme を解説し、また、 Scheme が実用的な用途に使えることを示そうとするもの。
Scheme の情報源のリンクを集めたサイト。
大学の講義で使われる Scheme の資料。 これだけで学習するには向いていないが、概要を掴みやすい。
表題の通り。 プログラミング言語 Ruby を用いて Scheme を作ることで Scheme への理解を深めようとするもの。
技術評論社の雑誌 Software Design の 2000 年 7 月号に掲載された短い入門記事。 短い中に要素を詰め込んでいるせいか、入門というよりは紹介という印象を受ける。
処理系として Guile を用いて XML の操作をする事例を取り上げて、アルゴリズムの記述が簡潔になることを示している。
Scheme の人気を一気に押し上げた書籍。 オライリー社の動物本である。
Scheme の実装のひとつである Gauche の名を冠してはいるが、大半は Scheme の基礎に重点を置いた解説となっているので Scheme の入門書としても充分に活用できる。
ただし、 Scheme 一般のことと Gauche 特有のことが明確に分離されていない点には注意が必要と思われる。
全体としてはやや平易で読み易い。
実践的なプログラムを書きながら Scheme を使いこなせるようになることを目指す入門講座。
Teach Yourself Scheme in Fixnum Days の日本語訳。 もはや定番である。
ポイントを押さえた解説で例も多い。 マクロや継続といった Scheme 特有の機能の説明に積極的な感がある。
但し、文中でも少し触れられている通り、マクロ定義に用いている define-macro という構文は Scheme の規格には無い。 実際には多くの処理系で類似のマクロ機構が用意されているので処理系のマニュアルを見て読み換えればよいのだが、初心者には酷かもしれない。
秀和システムから発売されていた「入門 Scheme」が既に絶版となったことからウェブで公開したもの。
前半で基礎を押さえ、後半で応用例として簡易データベースや文字コード変換を扱っている。 応用例があまり Scheme ならではといった感じでは無いが実用を意識しているという点では興味深い。
解説の前提にしている処理系が SCM であったり、 X Window との連携を扱っていたりする点が若干古い印象を受ける。
プログラミング自体の経験が少ない人を想定した Scheme のチュートリアル。
Peason Education Japan 社から出版されている書籍。
著者は仕様策定にもかかわっている人物であるだけに本書は Scheme の言語機能をキッチリと押さえている印象がある。 書かれた時点ではまだ規格化されていなかったマクロ機構 syntax-case
についても解説しているなど、先進的だ。
入門者が最初に読むものとしては難しいかもしれない。 基礎がわかった人のステップアップにオススメ。
ちなみに原文 (英語) は著者のサイトで全文公開されている。
SICP という略称で呼ばれることが多い。 Scheme に絡んでよく挙げられる本ではあるが、言語のチュートリアルとしては好ましいとは言えないかもしれない。 Scheme を解説した本というわけではなく Scheme を用いてプログラミングの考え方を解説した本なので言語としての Scheme を学ぶには内容が高度すぎる感がある。
元々は MIT の教科書だったというだけあって演習問題も多数収録されている。 Scheme を用いて様々なパラダイムに適した語彙 (DSL) を構築することが試みられているので、プログラミングにおけるより広い視野を得る役には立つだろう。
翻訳者である和田英一氏の手によって、 html 版が公開されている。
更に、別の人物による翻訳もある。
原文を Texinfo 形式にしたものなども提供されているので学習環境としては充実している。
興味深いところでは SICP での学習過程を漫画にした「SICPよんでみる」といったものもある。
ゲームのシナリオ記述向けの Scheme 処理系を作る過程を記事にしたもの。
いわゆるクックブック。
Cインターフェイス経由で FORTRAN のライブラリを使おうとした事例の紹介。
計算機科学の入門書。
プログラム設計の考え方を体系的に説明しようとする文書。 DrRacket を用いている。
各種ライブラリやマクロのテクニックなど。
Scheme のポータルサイト的な Wiki
Scheme の導入や実装のドキュメント。
日本語での Scheme の話題についてのソーシャルニュース。
Scheme の処理系を挙げる。
便宜上の分類として規格別にしたが準拠度は様々であることに注意すること。 開発途中のものや、規格の一部をサポートしないと明言しているものもある。