弓は押すもの  

(2017年4月22日)


  

  写真は庭先で学生時代に使っていた弓を形だけどうにか引き絞ったところである。

  弓を引くとは普通に使う表現である。弓を持つ左手を弓手(ゆんで)とも、押手(おして)ともいうのである。矢を番えた弦を持つのは右手であり、引手(ひきて)とも言う。和弓は左利きの人であっても弓を持つ手が左であることは変わらない。

 弓術部の師範(本多流)から押手が大事だと習った。矢が弓から離れるまで押手の力が緩まぬようにすることである。これさえ守れば矢は的を外しても大きく外れることはない。これは学生時代の実感でもあった。

 弓道では弓を引き絞った状態を会という。会は矢が放たれる直前の一瞬の静止状態である。弓は静止しているのであるから、弓には両側から同じ大きさの力で押されているか、同じ大きさの力で引かれているかのどちらかでなければならない。

 しかるに弓は左手で押され、右手で引かれているのである。果たしてニュートンの運動の法則に反しているのであろうか。

 実は右手も弦を押しているのである。このことは、筋肉トレーニングで使うエキスパンダーを思い浮かべてみれば良い。最初は両手で引き延ばしているようであるが、両手をいっぱいに広げた状態では両手で等しくエキスパンダーを押していることが納得できるであろう。

 弓の場合に戻ると弓を一杯に引き絞った状態で、右手は弦を引いているように見えるが親指の腹で弦を押しているのである。従って、弓は押すものと言う師範の教えは物理学的にも正しい表現だったのである。

 弓の強さは引き絞った時の力の大きさである。これは普通のばね計りで簡単に測れる。弱い弓で10Kg重(100N)程度であり10キロ、20キロを超えると強弓と言っていいだろう。

 左手は弓の胴を握って押しているのであるが右手は弓の弦を押すのである。弦は細いから親指といえども痛い。下手をすれば親指が切れてしまう。そのため、弓道では弓掛けとよぶ鹿皮の手袋を使う。略してかけと呼んでいる。このかけは親指の部分は固い木が入っている。





 次に室伏選手のハンマー投げを見てみよう。室伏選手はケーブルの先についたハンドルを両手で引っ張っている。この力は私の計算では400Kg重(4000N)にもなる。この力は両手からハンドルに面圧として伝わるのであって、圧縮力として伝わるのである。いきなり引き張り力として伝わるのではない。物理学的にはハンドルを押している。

 二つの物体が相互に力を及ぼしあうときは押す力に限られる。物体が離れていては力が伝わることができない。従って、力はまず面圧、つまり圧縮力として伝わる。そして物体の中で引き張り力と変化する場合も多いということである。

(注)
 運動会で行われる綱引きの場合はどうか。これは摩擦で力を伝えているようである。摩擦力は圧縮力と言い難いところがある。引き張り試験機で試験を引き張るとき試験片をチャックで掴むのは摩擦力のようである。試験片とチャックはミクロ領域で一体になっているといえるのかもしれない。

(了)


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